第135話 吹きすさぶ淫風(2)

「嫌っ!」
「な、なんなのっ! これはっ」
その写真はPTA集会場裏の掲示板の前で、全裸のまま大股開きで自慰に耽る裕子としのぶの姿だった。その回りを数人の男が取り囲み笑い合っているが、男たちの顔ははっきりとは写っていない。
奈美は圭子の報告を信じられない思いで聞いていたが、その写真の中の2人の親しい友人の卑猥な姿に驚き息を呑む。
(まさか……そんな……)
陶酔をはっきり露わにさせたその顔は確かに裕子としのぶのものだが、あの知性と教養に溢れた裕子や、引っ込み思案のしのぶがこのような破廉恥な行為に及ぶとはとても信じられない。
(合成写真ではないのかしら……)
奈美はそんなことまで考えるが、当の裕子としのぶが否定もせず、屈辱に肩を震わせているところを見ると、奈美自身も信じざるを得ない。
「お、小椋さんっ……どうしてっ……」
裕子の熱心な信奉者を自負していた副会長の昌子が、声を震わせながら裕子に詰め寄る。しかし裕子は「……ごめんなさい」と蚊の鳴くような声を発したきり、俯いてしまうのだ。
総務の岡部摩耶は奈美と同様、あらかじめ事情を聞かされていなかったため、しばしこの場の展開に驚くばかりだったが、日頃沈着な摩耶はいち早く冷静さを取り戻し圭子に尋ねる。
「確かにびっくりするような写真だけれど……これが使い込みとどういう関係があるの? 単に小椋さんと加藤さんのプライバシーを暴露しているだけじゃないの」
「まさか……」
圭子は摩耶の指摘を鼻で笑う。
「小椋会長は前の厚生委員の加藤さんに誘われて、ホストクラブに入れ込んでいたことが分かったの。お2人とも若い男にチヤホヤしてもらうのが余程楽しかったんでしょうね。やがて遊ぶお金が無くなり、小椋会長は兼務していた自治会副会長の立場を使って、加藤さんと共謀して両方からお金を使い込むようになったというわけ」
「始めはお2人ともなんとか会計の穴を埋めようとなさったようね。加藤さんはこちらにいる世良さんのスナックでバイトをするようになった」
圭子はそこでちらとテーブルの端に冷ややかな笑みを浮かべたまま座っている香織に目を向ける。
しのぶのアルバイトのことは奈美も知っている。初めて聞かされた時はあのしのぶが夜の仕事を始めるなんてどういう風の吹き回しかと驚いたものだった。
「でも、大学講師までなさっている小椋会長は夜のお仕事なんてプライドが許さない。だけどそのうちにそんなこと言ってられないほどのつけが再びホストクラブにたまっていったの。自治会費やPTA会費の着服にも限度がある。クラブ側の取り立てに攻め立てられた2人が思い切って始めたのがこの仕事よ」
圭子は次に2枚の写真を取り出す。それは美しく化粧し髪も整えたスーツ姿の裕子としのぶの写真だった。
奈美は訝しげにその写真を見つめる。2人の全身像はいかにも良家の主婦という感じのものだが、ライティングやメイクは明らかにプロの手によるものである。普通、主婦はこのような写真を撮る機会はない。
「この写真がどうかしたの?」
奈美と同様、首を傾げている摩耶の前にさらに2枚の写真が並べられる。それは肌が透けるような薄いドレスをまとい、濃い化粧を施した裕子としのぶの写真だった。
「これは……」
その写真の妖しい雰囲気に摩耶は息を呑む。
「吉原のソープランド『プシキャット』での、小椋さんと加藤さんの営業用の写真よ」
「ソープランドですって?」
摩耶は愕然とした表情で裕子を見つめる。それまでは不正は事実であっても、よんどころない事情のあってのことではないかと考えていた昌子や美智恵も、明らかに驚きと非難のこもった視線を裕子に向ける。
奈美も信じられないといった顔をしのぶに向けている。しかし奈美はいつか娘の留美が話していたことを唐突に思い出す。
駅前で裕子が扇情的なバニーガール姿でティッシュ配りをしていたというものである。ウィッグをつけていたのでその場では分からなかったが、モデルのような長身で個性的な美しさは確かに裕子のものだったという。
その時はそんな馬鹿なことはあり得ないと留美を叱ったのだが、ひょっとしてあれは本当だったのかと奈美は考え始める。
そういえばバニーガールは2人いたと留美は話していた。するともう一人は――。
「お2人ともなかなかの美人だけど、新人としては年齢もいきすぎているしテクニックも素人同然。常連客もなかなかつかず、ソープで働くと言っても思ったほどお金が入る訳でも無い。クラブに溜まったつけもなかなか減らない。そこでお2人が考えついたのがここ、Aニュータウンで営業することよ」
「営業?」
摩耶が首を傾げる。
「加藤さんは私のスナックで働いてもらってたんだけど、急に店の宣伝のためにティッシュ配りのアルバイトをしたいと言い出したの。スナックの宣伝でティッシュを配っても効果はないから、私は乗り気じゃなかったんだけど、時給は格安でいいし、衣装も自分で調達する。モデルのようにスタイルが良い友人にも手伝ってもらうというからしょうがなくOKしたの」
「それで加藤さんはお友達と一緒に駅前でバニーガール姿になってティッシュ配りをしてくれたの。ウィッグをつけて変装していたから、加藤さんのお友達があのPTA会長の小椋さんだとは思ってもいなかったわ」
「何ですって……」
摩耶は息を呑み、しのぶと裕子の顔を見る。
(やはりそうだったのだ……)
奈美は思わずしのぶを見る。しのぶは裕子同様悲痛に顔を歪め、じっと俯いている。
「結局ティッシュ配りは店の品格を下げただけで、宣伝としては効果がなかったのだけれど、加藤さんと小椋さんは店の宣伝とは別の宣伝をその時にしていたことが分かったのよ」
香織はそう言うと2つのポケットティッシュをテーブルの上に投げ出す。不審気な表情でそのうち一つを拾い上げた摩耶の顔色が変わる。
「これは……」
そのティッシュには薄いピンク色の名刺が差し込まれており、そこには「吉原 プシキャット ゆうこ」という文字と、携帯番号とメールアドレス、そして店の予約用電話番号が印刷されている。
もう一つのティッシュも同様で、しのぶの営業用の名刺が差し込まれている。
「要するにお2人は、店の宣伝をするついでに、目ぼしい客には自分の営業用の名刺を渡していたのよ」
香織は吐き捨てるように言う。
「それだけじゃないのよ。加藤さんは店の中でもお客様に声をかけて早朝ジョギングを一緒に始めようと誘っていたの。ジョギングのベテランの友人が指導してくれるからって。そのベテランの友人というのがもちろん小椋さんのことだったの。もちろん普通のジョギングじゃなかったわ。加藤さんと小椋さんはビキニ姿で走り、終点の東公園で特別ショーを演じる。これがその時の写真よ」
香織はそこで改めて、最初に圭子が見せたしのぶと裕子の全裸オナニー写真を指さす。奈美も摩耶も、昌江も美智恵も唖然とした表情で改めてその写真を見る。

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