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18.新宿歌舞伎町(2)

 友子と直江を引きずりながら雑居ビルの地下にある暗い酒場に逃げ込んだ後、悦子は店の電話を使って誰かに連絡した後、マスターに救急箱を借りる。
久美子の手伝いを借りて、友子と直江の怪我の手当を手早く済ませた悦子は改めて久美子に礼を言う。
「助けてくれてどうもありがとう、あんたが現れなかったら大変なことになっていたよ」
深々と頭を下げる悦子に久美子は「いいんだよ」と首を振る。
(この場は出来るだけ相手に親近感をもたせるために、蓮っ葉な態度をとった方が良い)
そう直感した久美子は、ぐったりして椅子に沈み込むように座っている友子と直江に向かって顎をしゃくる。
「こいつら、大丈夫かい?」
「ああ……」
悦子は「あいつらに殴られたからじゃなくて、酔っ払ったからこうなっているんだ。心配しないでいいよ」と苦笑する。
「あたい、悦子っていうんだ。本当に今日は助かったよ」
「困った時はお互い様さ」
久美子は首を振る。
「あたしは久美子」
「久美子さんか。あんた、すごく強いね。あれ、柔道だろ?」
「ほんの真似事だよ」
「そんなことないよ、男二人をあっという間にぶっとばして、大したもんさ。あんなに強い女は久しぶりに見たよ」
悦子は感心したようにしきりに頷く。
「この子たち、あんたの仲間かい?」
「仲間っていうか、最近グループに入ったんだけれど、東京に出て来たばかりでこっちのやり方に色々慣れていないみたいなんだ。それで面倒を起こさないようについておくように言われてたんだけど……駄目だね、あたいって」
そう言って悦子は肩をすくめる。
(この娘が本当に遠山夫人や村瀬家の令嬢の誘拐にかかわっているのかしら)
悦子の少女っぽい仕草を見た久美子の頭にそんな疑問が浮かぶ。
「そういえば二人とも関西弁をしゃべっていたけれど、大阪から来たのかい?」
「いや、京都だよ」
「京都?」
(確か千原流は京都の華道の家元。そういえば最近、千原家の若い女中が二人、同時に辞めたと聞いた)
「うん、でもこっちには大阪も京都もわからないや。ただ、京都の言葉ってのはもうちょっと品があるもんだと思っていたけれどね」
そこまでしゃべった悦子は急に口をつぐむ。
(しゃべりすぎたと思っているのか)
そんなことを考えている久美子に、悦子がほほ笑みながら話しかける。
「久美子さんっていったね。何かお礼がしたいんだけど、何がいいかな」
「困った時はお互い様、って言っただろう」
「それじゃああたいが姐さんに叱られるよ」
「姐さん?」
久美子が聞き返した時、酒場の扉が開き、二人の女が入ってくる。黒い長髪を無造作に垂らした女が悦子を見るなり声を上げる。
「悦子、お前がついていながらなんてことだい。あれほど目立つ真似はするなって言っただろう」
「すみません、銀子姐さん」
悦子は立ち上がると銀子と呼ばれた女にぺこぺこと頭を下げる。
「あーあ、ベロベロに飲んでしもて」
もう一人の女が改めて酔いが回ったのか、椅子の上で眠りこけている友子と直江をちらと見ると、呆れたように手を広げる。
「こんな迂闊な連中を、葉桜団の幹部にしてええんでっか? 銀子姐さん」
「そうは言っても、この二人は森田組にとっては功労者で、大塚先生のお気に入りだからね」
銀子はそう言いながらしばらく友子と直江を眺めていたが「でも、確かにそう言われてみたら、ちょっと考え直さないといけないかもしれないね」と首を振る。
久美子に目を向けた銀子は「あんたが悦子たちを助けてくれたそうだね。どうも有り難う」と頭を下げる。
「いえ、大したことをした訳じゃありません」
「謙遜はなしだよ。悦子の話だと男二人を柔道で投げ飛ばしたそうじゃないか。まるで……」
銀子はそこまで言うと口をつぐむ。
「銀子姐さん、あっちは柔道じゃなくて空手でっせ」
「余計なことを言わないで良いよ」
義子の言葉に銀子は顔をしかめる。
(空手を使う女――京子さんのことだろうか)
そんなことを考えていた久美子は、銀子が油断のない視線をこちらへ送って来ていることに気づく。
「あたいは銀子っていうんだ。こっちは義子」
「よろしゅう頼んまっさ」
義子が愛想よく会釈をする。この義子という娘も関西出身だろうか。しかし、義子は直江たちとは違っていかにも大阪生まれという印象である。
「あたしは久美子です」
「久美子さんか、上の名前は?」
銀子は探るような視線を久美子に向ける。
「言いたくなければ良いんだ。こっちだって名乗っていないしね」
「いえ……」
久美子はほんの少しためらった後「小林、小林久美子です」と名乗る。
山崎から明智、そして明智探偵の助手は小林少年という連想で咄嗟に思いついた名前だが、ありふれたものであるため銀子も特に疑いを見せない。久美子はほっと胸を撫で下ろす。
「悪いね。どうも最近用心深くなっちゃって」
銀子はようやく笑みを浮かべる。
「何も考えないでこのあたりで馬鹿をやっていたころが懐かしいよ。といってもまだ何カ月も前のことじゃないんだけどね」
「何かあったんですか?」
久美子がさりげなく問うが、銀子は苦笑して首を振る。
「なに、ちょっとした仕事に手を出してしまったらそれが思いがけず上手く行って、こっちが想像していた以上の大事になってしまった、ってわけなんだ。そうすると今度は失敗するのが怖くなっちゃって、表に出るのもびくびくする有り様さ」
「なんだか良くわかんないけど……やばい仕事ですか?」
「まあ、久美子さんには関係のないことだ。知らない方がいいよ」
銀子は首を振る。
「今日は悦子たちを助けてくれたお礼だ。この店なら遠慮はいらないから一緒に飲んで行ってよ。お酒は嫌いかい?」
「いえ、大好きよ」
久美子はそう答えると微笑する。

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