その後友子と直江を奥のボックス席に寝かせたまま、銀子、義子、悦子、そして久美子でちょっとした酒盛りになった。銀子がマスターに話を付けて店を貸切りにしたらしく、他の客は入ってこない。
酒が回るにつれて座は賑やかになって行く。義子という大阪弁の娘が盛り上げ役のようで、陽気に冗談を飛ばしては皆を笑わせる。その中でひとり浮かぬ顔をしていた悦子に銀子が声をかける。
「悦子、どうしたんだい。相変わらず暗いじゃないか」
「いえ……」
悦子は首を振る。
「あたいがついていたのに揉め事を起こしてしまって、結局友子さんと直江さんが怪我をすることになったんで……」
「ああ、それはもう気にしないでいいよ。この二人を外に出したらこういうことが起こるかもしれないってことを考えておくべきだったんだ。二人とも悦子の言うことなんか聞かないだろうからね。悦子には荷が重過ぎたってことさ」
銀子はそう言うとグラスのビールを飲み干す。
「それに、ふさぎこんでいる悦子の気分を変えてやろうとも思ったんだが、それが裏目に出たってわけさ」
「銀子姐さん……」
「そんな話をしたって久美ちゃんには何のことかさっぱりわからんで」
すでに顔を赤くしている義子が、怪訝な表情で銀子と悦子の会話を聞いている久美子をちらと見て笑う。
「久美ちゃん、ようするに悦子の大事な人が、手のとどかんところへ行ってしまったってわけや」
「義子」
悦子が義子を遮ろうとしたが、義子はかまわず「つまり、悦子は失恋してふさぎこんでいるってわけや」と続ける。
「義子、口が軽すぎるよ」
銀子がたしなめるが、義子はかまわず話し続ける。
「銀子姐さんも内心はショックなんやないか。あの奥さんが妊娠することになるなんて」
「いい加減にしな、義子!」
そこで義子はさすがにまずいと思ったのか、急に口をつぐむ。
(奥さん、奥さんって誰? 妊娠することになったってどういうこと?)
久美子の頭の中で疑問が駆け巡る。
「気にしないでって言っても気になるだろうね。まあ、久美ちゃんになら多少話してもいいだろう」
どんな表情をしたら良いのか迷っている久美子に、銀子が話しかける。
「あたいたち、以前はこの歌舞伎町でただたむろして遊んでいるだけのズベ公だったんだけど、しばらく前からある仕事を始めたんだ」
「仕事って、どんな?」
「そう、一種の斡旋業って言ったらいいのかな」
銀子は微妙な笑みを浮かべる。
「暇を持て余して刺激を求めているお金持ちの奥方やご令嬢を、ある屋敷で男に紹介する仕事さ。女の方は金に不自由している訳じゃないから、男が払う金はあたいたちがいただく。女の方はそこで求めていた刺激を得ることができ、男は普通ならとても無理な高嶺の花の素人女を抱くことが出来る。要するに全員が幸せになれるって訳だ」
「女を集めるのがあたいたちの役目、集めた素人女を商品になるように仕込んだり、女を抱く男を集めたりするのが森田組ってやくざの役目って訳や」
義子がニヤニヤ笑いながら補足する。久美子は銀子と義子の話を呆気に取られた表情で聞いている。
「それは……犯罪じゃないの?」
「なに、自由恋愛を仲介しているだけさ。これが犯罪なら仲人だって犯罪だよ」
銀子はそう言って笑う。
「女の方は金を受け取る訳じゃないから売春にはならない、実に安全な商売って訳さ」
「でも、まさかそんな女がいるはずが……」
「それがそうでもないんや」
義子が淫靡な笑みを浮かべながら話す。
「ある財閥の社長の後妻に入った素晴らしい深窓の奥様がいるんやけど、旦那はもう50歳を過ぎていてあっちの方はさっぱり。中途半端に開発された身体を毎夜持て余していたんやが、うちらがその屋敷に誘ったら悦んでやって来て、毎日充実した生活を送ってるで」
(静子夫人のことだわ)
久美子は緊張に表情を強ばらせる。
「その女は本当に自分の意志で、そんな行為に参加しているの?」
「もちろんや。信じられへんのなら、証拠を見せてやってもええで、銀子姐さん、ええかな?」
「いいよ」
銀子が頷くと、義子がポケットから小さな封筒を取り出す。
「見てご覧、久美ちゃん」
封筒に入っていた数枚の写真を目にした久美子は驚きに息を呑む。そこには素っ裸の美しい女が二人の男に絡み付かれ、悶え抜いている写真があった。
(これは……)
「びっくりした? これがその財閥の令夫人や」
義子は面白そうに久美子の顔を覗き込む。久美子も何度か週刊誌で見たその顔は、遠山静子のものに違いなかった。
二人の男の肉柱をさもいとおしげに両手で握り締めている姿、一人の男に抱かれながらもう一人の男の肉棒に口唇での奉仕を施している姿、そして二人の男に前後から責め立てられながら悦楽の咆哮を張り上げている姿――。
いずれの写真からもはっきりと読み取れるのは、男二人を受け入れている静子夫人の表情が決して苦痛や恥辱のみといったものではないことである。いまだ男を知らない久美子が見ても、夫人ははっきりと肉体の深奥から込み上げる快楽を訴えていたのである。
(いったいどういうことなの?)
「久美ちゃんにはちょっと刺激が強すぎたかしら?」
混乱している久美子を興味深げに眺めていた銀子が声をかける。
「ひょっとして久美ちゃんって、男を知らないの?」
「えっ……」
思い掛けぬことを聞かれた久美子は一瞬言葉に詰まる。
「そ、そんなことないわよ」
「隠すことはないで。銀子姐さんは処女かどうかはちょっと見ただけでわかるんや」
「久美ちゃんみたいに強い女にはありがちなことなのよ。ほら……」
銀子は意味ありげな笑いを浮かべながら義子に同意を求めると、義子は「そやな」と笑う。
「それで、妊娠したって言うのは?」
久美子は不吉な予感に襲われながら尋ねる。
「ああ……」
銀子は口元に笑みを浮かべると「その写真の奥様のことよ」と答える。
「えっ……」
久美子は心臓が止まりそうな驚きを覚える。
(静子夫人が? 静子夫人が妊娠? いったいどういうことなの?)
「ど、どうして妊娠なんか――。いったい誰の子を妊娠したの?」
「そりゃあ男と女がやることをやっていたらいずれは妊娠するやろ」
「で、でも、ご主人がいるのでしょう? どうして避妊しなかったの?」
「そんなことすると気持ち良くないじゃない。セックスは生でやるのが一番よ」
そんなこと言っても久美ちゃんにはぴんと来ないか、と銀子と義子が笑い合う。
「女にとって子供を生むことは幸福の一つなのよ。この奥さんのご主人はもうかなりの年齢で、奥さんを孕ませることが出来たかどうか極めて疑問だわ。その意味ではこの奥さんは屋敷にきて初めて女としての悦びを得ることが出来たのよ」
そこまで言うと銀子は声を低くする。
「もう一つ教えて上げるわ。この奥さんはセックスの時は避妊はしなかったけれど、実はなかなか妊娠しなかったのよ。それで奥さんの希望を叶えて、人工授精を受けさせて上げたの」
「人工授精ですって?」
銀子のとんでもない言葉を、久美子は信じられないような思いで聞いている。ふと見ると悦子は硬い表情のまま俯き、握り締めた拳を小刻みに震わせているのだった。
19.新宿歌舞伎町(3)

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