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32.不良少女たち(4)

「せいぜい30歳そこそこやと思ったわ」
「そやな」
マリと義子が感心したようにそんなことを言い合っている。久美子は、マリと義子がどうにか話に乗って来た様子にほっと胸を撫で下ろす。
実際は夏子こと美紀は45歳、冬子こと絹代は42歳だからそれぞれ6つずつさばを読んでいる。二人の貴婦人の若々しさから、義子とマリはすっかり久美子の言うことを信じたようである。
静子夫人を始めとする美女たちの失踪事件の最大の謎は、彼女たちの監禁場所だった。誘拐されているのは一人や二人ではない、文夫を含め8名もの人数が捕らわれているのである。8名の美男美女がいまだ生かされ、日々性の地獄にのたうち、怪しい写真や映画への出演を強制されているのだ。
それだけのことを実行するためには、かなり大きな場所が必要なはずである。少なくとも一目につきやすい都心部や住宅密集地では不可能だと山崎は考えていた。
そこがいったいどこなのかをつきとめれば、その土地建物の所有者や居住者が判明するだろうし、それを手掛かりに事件は一気に解決に向かうに違いない。
美紀と絹代はそのための囮である。美紀と絹代を久美子とともに静子夫人達の監禁場所に送り込み、久美子が隙を見て抜け出し、山崎にその位置を知らせる。それが山崎の立てた計画だった。
久美子にはもちろん、美紀と絹代の身にも大きな危険が伴う行為である。しかし今の山崎には久美子と葉桜団の間に生まれたわずかなつてを最大限に生かすしか方法がないのだ。
美紀も絹代も、むしろ母親の自分たちが愛する息子、娘の身代わりになることが出来るのなら、命を投げ出しても良いとまで思い詰めていたこともあり、囮となることを進んで引き受けてくれた。久美子も兄の名誉を回復するためならと、危険な役割を自ら志願した。それだけに山崎としては今回の作戦では絶対に失敗は許されないのである。
山崎と久美子、そして美紀や絹代との接点を敵に悟られないよう、山崎が他の3人と接触することは最小限に抑えた。久美子が山崎の妹であることや、美紀や絹代の正体を敵に悟られたらその時点で失敗である。
かなりきわどい作戦だったが、山崎には勝算があった。その最大のポイントは美紀と絹代の、年齢を感じさせない美貌である。美紀が39歳ということを信じさせれば、少なくとも22歳の小夜子の母親ということは、あり得ない話ではないが不自然である。
そうは言っても母と娘だから顔立ちは似ているし、いずれ気づかれる可能性は大きい。しかし、このかなり無理のある囮作戦もほんのわずかの間――そう、半日でも機能してくれれば良いのである。それだけの時間があれば、久美子が山崎と連絡をとることは十分可能だろう。
「この写真、預かっていってもええかな?」
「いいわよ。でも、絶対に外には出さないでね」
「わかってるわ」
義子は写真をカバンの中にしまい込む。
「ところで、今日はまた早くから盛り上がっているのね」
久美子はテーブルの上に並んだビールの空き瓶に目をやる。
「ああ、仕事が思ったよりも早く片付いたんで、一杯やっていたんや」
「仕事って?」
「久美ちゃんにも前に見せたやろ。写真の販売や」
久美子は心臓がドキリと鳴るのを感じる。以前このスナックで見せられた静子夫人が複数の男と絡み合っている写真を思い出したのである。山崎は森田組が売りさばいている写真を一部入手していたが、久美子にはあえて見せていなかったのだ。
「もっとも最近は売れ行きが良くて、あっという間に焼き増ししたものがあっという間に捌けるから、楽をさせてもらっているけどね」
「あれは、売り物だったの?」
「そうや、写真だけやない。映画なんかも随分高い値段で売れるんやで」
「映画――」
「それも普通のからみの映画だけやないで」
義子はカバンの中からけばけばしいカラーのチラシを取り出す。そこには山崎の助手で恋人でもある野島京子と妹の美津子の緊縛された裸のバストショットが並び、「京子と美津子 姉妹浣腸合戦!」という大きな字が記されていた。
(き、京子さん、美津ちゃん――)
ピンク映画のポスターを思わせるそんな淫らなチラシの中の、京子と美津子の無残な姿を目にした久美子は一瞬、気が遠くなるのを感じる。
「どう、なかなかお金がかかってるやろ?」
義子は久美子の顔を伺うように見る。
「え、ええ」
久美子は必死で動揺を抑えながら頷く。
「これも、あなたたちの斡旋の仕事の一つなの?」
「まさか」
義子はマリと顔を見合わせて笑い合う。
「この女は以前、あたいたちの葉桜団のメンバーだったんだけど、仲間を裏切ったから妹と一緒にヤキを入れてやったんや」
義子はチラシの中の京子の顔を指さす。
「その様子を映画に撮ったってわけ。今じゃすっかり素直になって、葉桜団のために汗水流して働いているわ」
「……」
久美子は改めて「浣腸合戦」という毒々しいまでに鮮やかな文字に目をやる。それがどのような責めなのか、久美子には想像が出来ない。しかし、義子とマリの冷酷な口調から、京子と美津子はとんでもなくおぞましい責め苦にあえいでいるのではないかという思いが、久美子の頭を満たして行くのだ。
(浣腸――まさか――)
そんなことはありえない。久美子は思わず首を振る。そのような行為を見世物にするなど考えられない。
久美子には女に浣腸して、強制的に排泄させることを悦ぶ人間がいることなど想像も出来ない。「浣腸合戦」という言葉から、京子と美津子の姉妹を並べて浣腸にかけ、どちらがより排泄を我慢出来るか競争させるというような状況はとても浮かばないのだ。
しかし何かとても、口に出せないほどのおぞましい手段で責められているのではないかということだけがぼんやりと認識出来るだけなのだ。
(兄さんはこのことを知っているのかしら)
誘拐犯の手に捕らえられた京子は、すでにその純潔は奪われているのではないかということまでは覚悟していたとしても、いまだ女学生である妹の美津子と共に変質的な責めを加えられていることまでは知らないのではないか。
(もしも知っていたら、到底耐えられないだろう)
このことは兄には話せないと久美子は思い定める。
「自由恋愛を仲介するのは犯罪でもなんでもないという話をしたやろ、久美ちゃん」
「え、ええ……」
「かといって、甘く見たらあかんで」
「甘く見るって……」
「あたいらを裏切ったり、騙したりしたらあかん、ていう意味や。さもないとこの女みたいな目にあうで」
義子の目にキラリと冷酷な光が宿る。
「まさか、脅かさないでよ」
久美子は作り笑いを浮かべる。
「私は仲介料がほしいだけよ。学費をずっと滞納していて、このままじゃ大学を追い出されそうなのよ」
「それならええけど」
義子はにっこり笑う。
「直江や友子を助けてくれた恩もあるし、もちろんたっぷりお礼をするわ」
義子がそう言うと、マリが付け加える。
「この話が本当やったらね」

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