「あらあら、今の雰囲気、怪しいわね。文夫と京子って、そんな関係だったの?」
マリの声に美津子と小夜子が同時に表情を強ばらせる。
「ば、馬鹿なことを言わないで」
京子はうろたえたような声を上げるが、その顔はなぜか赤く染まっている。
「文夫さんは美津子の恋人なのよ。そんなことがあるはずがないでしょう」
「いやいや、わからんで」
義子も便乗するようにからかいの声を上げる。
「妹がいない時に、このお坊ちゃんに内緒で性教育してあげてたんと違うか」
「そう言えばこのお坊ちゃん、美津子が初体験のはずやのに、妙に慣れてるみたいやったわ」
なあ、銀子姐さん、と義子は銀子に声をかける。
「そうね、確かに初めてにしては随分落ち着いていたわね。穴の場所もこっちが教えなくても分かっていたみたいだし」
美津子と小夜子が急にそわしわし始めたのを横目で見ながら、銀子がさもおかしげに含み笑いをする。
「ねえ、川田さん。京子を水揚げしたのは確か川田さんだったよね。京子って、本当に処女だったの?」
「さあ、どうだったかな」
川田もおかしげに笑いながら首をひねる。
「言われてみれば出血はほとんどなかったような気がしたな。あの時は空手をやっていたせいで、処女膜が擦り減ったんじゃないかと思っていたが」
川田がそう言うと、やくざやズベ公たちがどっと笑いこける。
「う、嘘よっ」
京子がたまりかねて叫ぶような声を上げる。
「川田さん、ひ、ひどいわ。あんまりですっ。私は本当にあの時が始めての……」
そこまで言った京子は急に喉を詰まらせて嗚咽する。
「あらあら、どうしたの? 京子ったら、泣いているじゃない」
銀子と朱美が顔を見合わせてクスクス笑い合う。
「せっかく妹には秘密にしていたのに、私たちに見抜かれたものだから慌てているのね」
「妹の恋人をこっそり寝取るなんて、京子も隅に置けないわ」
銀子と朱美がそんなことを言いながら京子の髪を引っ張ったり、乳房を抓ったりする。
葉桜団のズベ公たちのそんな陰湿な責めに口惜しげにすすり泣く姉の様子に、美津子は複雑な視線を向けている。
妹思いの姉の性格上、隠れて妹の恋人である文夫と通じていたなど有り得ないことは、美津子も頭の中では分かっている。しかし、ズベ公たちのからかいに対してひどく動揺する姉の姿を見ていると、美津子は心の中に不安の黒雲が湧き上がってくるのを抑えることができないのだ。
仮に銀子たちが示唆している姉と文夫の関係が根も葉も無いことであったとしても、先ほど念を押された通り、今後の調教の中で姉と文夫がコンビを組まされることは十分有り得ることなのだ。
そうなった場合、姉は文夫に対してどんな感情を持つだろうか。桂子がそうであったように、始めは理性を忘れることはないと言っていても、肉と肉を重ねるうちに情が移り、次第に離れがたくなるのではないか。
そういえば姉は、山崎という恋人がいたにもかかわらず、鬼源たちに強いられたとはいえ、静子夫人との同性愛の関係に溺れたことがある。それは姉の生まれつきの多情な性格を示すものではないだろうか。
いずれにしても美津子にとって、文夫に対する愛はこの地獄屋敷で生きて行くためのたった一つの希望なのだ。その文夫と生木を引き裂くような形でコンビを解消させられた後、ようやくこの手に取り戻す機会を得たのである。それを潰すものは、たとえ姉の京子でも許す訳にはいかない――。
一方、鈴縄の猿轡をかけられた全裸の文夫は、義子とマリによって引きずり起こされる。
「白と赤の段だらの猿轡が良く似合うわ」
「京子お姉様の味はどうなの、甘い? それともしょぱい?」
義子とマリは文夫をそんな風にからかいながら、勃起した陰茎を指先で交互に弾くのだった。
「おいおい、文夫をからかうのはそれくらいにしておけ。大事なショーの予行演習の最中だ」
葉桜団による京子と文夫へのいたぶりがいつまでも終わらないのを見た鬼源が苦笑しながら割って入る。
「あら、鬼源さん。これは次のショーの演出上も重要なことなのよ」
「京子と文夫のコンビっていうのも面白いとは思わない?」
銀子と朱美が口々に訴える。
「そりゃあ確かに面白いが、まずは京子と美津子、小夜子と文夫、そして京子と小夜子のコンビを完成させてからだ。出し物の幅を広げるのはいいが、客の前で中途半端なものを見せる訳にはいかない」
「まあ、それはそうだけど」
銀子は不服そうな顔で京子をちらと見る。
京子は葉桜団の少女たちの恐ろしい思いつきが却下されるようにと、祈るような思いで鬼源と銀子たちのやり取りを聞いている。京子が自分の身分を偽り、団員の象徴である桜の入れ墨まで施してて葉桜団に潜入し、一時、森田組と葉桜団を崩壊寸前の危機に追い込んだことから、銀子たちの京子への憎みは格別のものがある。
今の京子にとって最も辛いことは、自分の巻き添えになって誘拐された美津子を悲しませることである。文夫との仲を裂かれた美津子だったが、いつかは恋人を自分の手に取り戻そうと、必死の思いで日々の辛い調教に耐えてきたのだ。楽しい青春の日々も輝かしい将来の夢も奪われた美津子にとっ、そのことがこの地獄屋敷で生きて行く唯一の希望なのだ。
しかし葉桜団の少女たちは、京子のその弱みを熟知しており、今後も何かにかこつけて京子と文夫のコンビの実現を持ち出してくるに違いない。文夫の生血の入ったワインを京子に飲ませたことは、その伏線と言っていいだろう。
今回京子と小夜子が新たにコンビを組まされたことによって、美津子と文夫のコンビも復活することになった。たとえ破廉恥な実演ショーのための一時的な関係であったとしても、美津子にとっては暗闇の中でようやく見えた光明なのだ。
京子は、文夫が美津子だけのものになることはもはや有り得ないと思っている。田代屋敷の唯一の男奴隷である文夫は、これからも珠江や美沙江、またいずれは安定期に入る静子夫人とのコンビなど、様々な組み合わせを強いられることだろう。
しかしその組み合わせの相手の中には極力自分が入ってはならないと京子は思っている。もし自分が文夫と組まされる時は、残酷な悪鬼たちは必ずその場に美津子を立ち会わせることだろう。そうなった時の美津子の苦悩と悲しみを想像すると、京子は恐ろしくなるほどだった。
そのためには悪鬼たちが強いる組み合わせ、それがおぞましいシスターボーイであろうが、かつて自分を襲った卑劣な不良少年――津村清次とその仲間であろうが、また妹の美津子であろうが、小夜子であろうが極力受け入れなければならない。そうやって美津子の防波堤になることが京子に残された役割なのだ。
そんな京子の思いをよそに、義子とマリは文夫に続いて美津子に猿轡をかけていく。猿轡の材料はもちろん、小夜子にかけられていた鈴縄である。小夜子は自らの恥ずかしいところに食い込んでいた鈴縄が美津子の口を割っていくのを、消え入りたくなるような思いで見つめている。
44.姉と姉(8)

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