45.姉と姉(9)

 同時に小夜子は、文夫と京子の関係が示唆された時、なぜか不思議なほど動揺を覚えたことを不思議に感じている。幼いころからまるで美少女を思わせる中性的な容姿で人目を引いていた文夫は、小夜子にとってまるで同性の年下の友人のような存在であった。
思春期に入り「女の子のような顔立ち」とからかわれることに反発を抱くようになった文夫は、男らしくなろうとしてスポーツに励んでいった。その結果文夫は見違えるほど精悍な身体つきになったが、そのギリシア彫刻を思わせる美貌と鍛えられた身体のアンバランスさが、皮肉にも文夫の倒錯的な魅力をより増す結果となったのである。
小夜子は時々、文夫とのコンビの調教を強いられている時、ふと自分が本気になっていることを感じ、狼狽を覚えることがある。それは文夫に男性を感じるというよりは、まるで自分の分身を相手に淫らな行為を演じているような気分になるのだ。
文夫が津村に抱かれたことはもちろんショックだったが、一方で小夜子は自分が津村の女になったのだから、自分の分身である文夫も津村によって「女にされる」のは仕方ないのではないかという諦めにも似た気持ちにもなっている。
顔立ちは自分にそっくり、しかしながら肉体は男性そのものである文夫との破廉恥な戯れは、小夜子にとって強烈なナルシズムを刺激される行為だった。小夜子は最近は文夫とのコンビにさほど抵抗はなく、むしろ次は美しい弟とどんな淫らな行為を演じさせられるのかと期待するような気持ちになっていることに気づき、愕然とするのだった。
小夜子は文夫が美津子や桂子と絡まされることにはほとんど抵抗はなかった。美津子と文夫はもともと恋人同士であるが、小夜子は、文夫が美津子と付き合っていたのは、美津子を愛していたというよりは自分が男であることを証明するためにそうしていたのではないかと感じている。
気立てが良く可憐な美少女である美津子は恋の相手としては申し分のない相手である。また美津子が両親を早くに失っていることが、村瀬宝石店の跡取り息子である文夫のヒロイズムをかえって刺激させたこともある。
また、桂子は無理やり組まされた相手であり、文夫が絶望のあまりその若々しい肉体と技巧に一時的に溺れることはあっても真剣になることはないだろうと小夜子は感じている。
しかし京子は小夜子にとって油断のならない相手だった。一途な性格の京子が本気になれば、もともとさほど強い性格ではない文夫は、京子の気丈さに安らぎを感じるかもしれない。京子にだけは文夫を渡してはならないと、小夜子はなぜか強い焦燥を感じるのだった。
美津子、京子、そして小夜子のそれぞれの思いをよそに、鬼源が次の予定を告げる。
「次は浣腸勝負だ」
京子と小夜子の顔がさすがにさっと青ざめ、硬化する。
「二人とも科白はもう教えたはずだぞ。さ、始めるんだ」
鬼源に促されて、京子と小夜子は諦めたように姿勢を正す。井上たち撮影班が操作するカメラが再び低い音を立てて廻り、二人の美しい女奴隷は屈辱的な口上を述べ始める。
「み、皆様、お楽しみいただけましたか? 京子と小夜子のオナニー勝負はいかがでしたでしょうか」
「オナニー勝負はひきわけですわね……京子さん。でも小夜子、次は負けませんわよ」
「あら、小夜子さん。ずいぶん自信があるのね。でも、ご存知? 次は浣腸の勝負よ。きょ、京子、浣腸にはかなり自信があるのよ」
「まあ、京子さんったら、そんなこと、やってみなけりゃわかりませんわ」
「で、では始めましょう。まず、私達、お客様にお尻の穴を見ていただきましょうよ」
カット、と監督役の川田の声が飛ぶ。
「二人ともなかなか調子が出てきたじゃねえか。この先は新しい調教師にまかせるから、今の調子で続けるんだ」
京子と小夜子は川田の「新しい調教師」という言葉に怪訝な表情になるが、座敷の入り口が開き、紫色のバタフライを身に纏った若い女が奥座敷に登場したのを見て二人同時に驚きの声を上げる。
「桂子さん……」
桂子はバタフライ一枚を身につけたピチピチした裸身を堂々とばかりに晒し、大きく盛り上がった乳房を誇るように胸を突きだすようにして京子と小夜子の前に立つ。
突然の桂子の登場に部屋の中は一瞬騒然となるが、やがて収まり、桂子はゆっくりと話し出す。
「お久しぶりね、村瀬のお嬢様。いいえ、お姉さまと言った方が良いかしら。何しろ、私の愛する夫のたったひとりの大事な姉ですものね」
小夜子はその言葉に恥ずかしげに頬を染め、顔をうつむかせる。
小夜子の弟の文夫は当初、恋人である美津子とショーのコンビを組まされていたが、森田組によってそのコンビは生木を引き裂くような形で解消させられ、その後桂子とコンビを組むに至った。
桂子は最初のうちは美津子に遠慮して文夫との関係を拒んだが、数々の調教ですっかり変貌した静子夫人の説得を受けて文夫を受け入れるようになった。
その後桂子は文夫に対して本気になり、女奴隷としての地獄の日々の救いを文夫との愛欲に求めていたが、静子夫人の妊娠に伴う「人事異動」により文夫は桂子と引き離され、姉の小夜子とポルノショーのコンビを組まされた。桂子は大事な男をその姉に寝取られた格好となったのだ。
「京子さんともしばらくお目にかかっていないけど、お元気? そこにいる妹の美津子さんとは仲良くやっているのかしら?」
桂子は京子に対しても複雑な視線を向ける。元々の恋敵である美津子の姉である京子に対しても、桂子は屈折した思いを抱いている。
この地獄屋敷の中で奴隷達は小夜子と文夫、京子と美津子の姉弟、姉妹といった血のつながった肉親の組み合わせで寄り添いながら生きているのに対し、桂子は常に孤独だった。
静子夫人は身内とはいっても血のつながらない、いわゆるなさぬ仲である。また一連の森田組による美女の誘拐は、元はといえば桂子の財閥令嬢に似合わぬ不行状に端を発している。その事情を知っている他の女奴隷達も桂子に対してはどことなく冷淡な視線を向けていたことも桂子の居心地をいっそう悪くした。
そんな桂子が開き直りともいえる心境に至ったのは、義母である静子夫人の見事なまでの転落ぶりである。父の隆義から女神のように崇拝されていた静子夫人。幼くして母を失い、少なからずファザーコンプレックス気味であった桂子にとっては愛憎半ばした対象であった夫人が、自ら快感を求めるように被虐の世界にのたうつ姿に桂子は一種吹っ切れたものを感じた。
そしてこの倒錯した世界をより楽しむことが今の自分にとっての生き甲斐ではないかと考えるに至ったのである。
女奴隷に対する調教と、実演プレイに変化を持たせるため、葉桜団からサディスティンの役回りを演じるようにいわれたとき、桂子がむしろ積極的に志願したのはそういった背景からであった。
「あ、新しい調教師って貴女のことなの? 桂子さん……」
京子は桂子に非難めいた視線を投げかける。
「私はもとはといえば、貴女を救うためにこの屋敷に潜入したのよ。貴女が葉桜団なんかにかかわらなければ静子奥様も、美津子も、小夜子さんだってこんなことには……」
京子がきっと桂子を睨み付け強い口調でいうと、それに釣られたように小夜子も非難がましい眼で桂子を見つめる。
「おだまりっ!」
桂子は京子の頬をいきなり2、3発平手打ちする。
「ああっ」
「生意気にさえずるんじゃないよっ。ドジな女探偵がっ!」
桂子は、京子の美しい黒髪を力一杯引っ張る。頭の皮が剥がれそうな激痛に京子は「ひいっ!」と悲鳴を上げる。

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