「ここの毛はどうしたの?」
私は妻のその部分に手を触れます。
「嫌ね……変なところばかりチェックして……」
妻はそういうと私の手を軽く払います。
「スポーツジムに行くようになったでしょ。最近のウェアって、割と大胆なものが多いから、みんな結構きちんと手入れしているのよ」
理屈は通っているようですが、なんとなく釈然としません。スポーツジムに行き始めたのはもう一年以上前なのですが、どうして今さら気になりだしたのでしょうか。
私はケジラミの治療法に「剃毛」というのがあるのをぼんやりと思い出していました。
妻を一晩で二度もエクスタシーに導くことの出来た私は、まるで妻の身体に溺れるように毎週求めるようになりました。妻も始めは躊躇っていますが、結局は求めに応じて私を受け入れます。
「ねえ……急にどうしてこんなにするようになったの」
「それは……」
ある夜の行為の終了後、妻が私に尋ねます。
「正直言って、紀美子とのセックスがこんなに気持ちがいいとは思わなかった。どうして今まで気づかなかったのか自分でも不思議だ」
「そう……」
妻は微笑します。
「紀美子だって、今までずっとイケなかったのが、どうして急にイケるようになったんだい?」
「そんなの、わからないわ」
妻はそう言うと恥ずかしげに私の胸に顔を埋めます。
「あなたが……そんな風にさせるのよ」
私と妻はまるで蜜月のようなときを過ごし、浮気疑惑はすっかり頭から消えていました。
再び私が妻の行動に疑念を抱くようになったのは、特に何かきっかけがあったわけではありません。頭の片隅にあった様々な疑問、矛盾点が徐々につながり、大きな疑惑へと変化していったのです。
妻は週のうち3日はほぼフルタイムに近いパートに出ていますが、それ以外の日も平日はマンションの友達と食事をするとか、学校の役員の用事があるとかで家にいることは余りありません。週末はさすがに家にいることが多いですが、それでも月のうち2、3回は何かの会合や食事会、趣味の集まりといった理由で家を空けます。
確かに学校のPTAやクラブの父母会の役員をしているのは事実ですので、家を空ける理由はあります。
しかし、妻の最近の外見の変化、そしてベッドの中での人が変わったような積極性に私の中で再び妻に対する浮気疑惑が芽生えてきました。
(浮気をしているとしたら相手は誰? パート先の上司? 役員仲間の父兄?)
私の妄想は次第に膨らみます。
浮気相手と連絡をする手段の定番は携帯電話かメールです。妻もしばらく前から自分専用の携帯を持っており、しょっちゅうメールを打っています。女友達と連絡に使っているということで、私の前でも堂々と打ちますし、時々は面白いメールがきたといって私に見せたりもします。
これで浮気相手との連絡にも使っているとしたら、かなりの大胆さです。おっとりしているという妻に対する認識は改めなければなりません。
携帯のメールや着発信履歴を確認するのは夫婦とはいえプライバシーの侵害です。私は罪悪感を「妻が無実だということを確認するだけだ」という理屈でごまかし、ある日の夜中、妻がぐっすりと寝入ったときに妻の携帯をチェックしました。
着発信履歴はほとんどが私や、2人の息子との間のもので、怪しいものは1件もありません。メールも全てチェックしましたが、これも確かに女友達とのたわいのないやり取りばかりで、男性との交信はいっさいありません。
(やはり紀美子に限って……疑った俺が馬鹿だった)
私はすっかり安心して床につきました。
それからしばらくたった年も明けたある日の休日、妻が久しぶりに昔社宅で一緒だった友達と昼食をとるという理由で外出をしている間に、私専用のPCが急に調子が悪くなりました。
(ウィルスにでも感染したかな?)
私はPCをネットから外し、セキュリティを走らせました。ディスクを全部チェックするにはしばらく時間がかかります。
急ぎの調べものがあるのですが、PCが回復するまでどうすることも出来ません。2人の息子もクラブで留守だったため私は妻に与えているノートPCを無断で借りることにしました。
妻も時々PCを使ってネットで買い物をしたり、ワードやエクセルでPTAの名簿整理や書類作成をしたいということで、安いPCを買ってあげていたのです。
(あれ?)
LANケーブルをつなぎPCを立ち上げると、いきなりパスワード入力画面が出ました。
(セキュリティをかけているのか。でもどうして?)
私は試しにユーザーIDに「kimiko」、パスワードは妻の誕生日を入れてみました。
エラーです。
(……)
パスワードを私の誕生日に変え、2人の息子の誕生日を試しましたが駄目です。段々意地になってきた私は、今日はカバンの中に入れ忘れたのか、テーブルの済に紀美子が使っているピンク色の手帳があったのを見つけ、カレンダーをチェックしました。
妻は家族はもちろん、私の両親と自分の両親の誕生日にも必ず贈り物を欠かしません。その管理のためかカレンダーにはケーキの形をした小さなシールが貼られていました。その日付を私は順に入力していきました。
いくつめかの数字でセキュリティは解除され、見慣れたウィンドウズの画面が現れました。
(今の数字は……)
正しいパスワードである「0715」という数字、7月15日は私の両親の誕生日でも、紀美子の両親の誕生日でもありません。私は手帳に張ってあるシールの数が、9つであることに気づきました。4人家族の我が家と、互いの両親の誕生日を入れても8つしかありません。妻には祝うべき誕生日がもう一日あるというのでしょうか。
デスクトップは極めてあっさりしており、マイコンピュータやマイドキュメント、インターネットエクスプローラー、アウトルックルックエクスプレス、そしてワードとエクセル以外には「新しいフォルダ」というものしか見当たりません。
私はまずアウトルックエクスプレスを起動してみましたが、受信メールはほとんどがショッピングサイトや旅行サイト、懸賞サイトなどからのメールばかりです。友達との連絡は携帯で行っているのでしょうか。プライベートなやり取りはまったくといっていいほどありませんでした。
次に私はマイコンピュータを開き、Cドライブのプロパティをチェックしてみました。
(あれ?……)
80GBあるハードディスクの2分の1以上が既に使用されていました。OSや基本的なプログラム、そしてメールのやり取りやワード、エクセル文書の作成だけではこれほど使うはずがありません。
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