呆けたように液晶画面を見つめていた私は急に我に返りました。
私はのろのろとマウスを操作し、メディアプレイヤーを停止させます。画面一杯に広がっていた妻の白い尻の残像が私の視界を占領しているような錯覚に陥ります。
妻を始めてエクスタシーに導いたあの夜に違和感を覚えた、短く揃えられた陰毛──それは、男に剃毛されていたからだったのです。
もちろん、7月に剃っても妻を三ヶ月ぶりに抱いた秋には、普通は元に戻っているでしょう。ということは、妻はその後も男から剃毛されていたことになります。
私がケジラミの治療のせいでソープにも行かず、妻も抱かないでいた約2ヵ月半の禁欲生活の間、妻のその部分は何度も赤ちゃんのようなツルツルの状態にされていたのです。
いつの間にか、外は薄暗くなっていました。あと1時間もすれば妻は帰ってくるでしょう。
2人の子供はクラブの新年会で、夕食まで済ますと行って出て行きましたから、今晩は夫婦2人だけで夕食を取ることになっています。
「ビデオ」というフォルダの中では一番古い「20040715」の映像を見た私は、それが妻と男が初めて関係した日の出来事ではないということがわかりました。
この時点で妻はすでに男から毛ジラミをうつされています。ビデオの中で確かに妻は男に向かってそういっていました。つまり、去年の7月15日以前から妻と男は関係を持っているということになります。
さらに妻が男から毛ジラミをうつされたということは、男には妻以外にも女がいるか、風俗で遊んでいるという可能性が大きくなります。
ビデオを見ている間はあまりの衝撃に、男に対する感情は麻痺したようになっていたのですが、そんないい加減な男が妻を弄んでいたということへの怒りが急に湧いてきました。
本気の不倫ならば良いという訳ではないのですが、私が唯一無二の女性と感じてきた妻が、性的な嬲りものとなっているということは、許し難いことでした。
妻も妻です。こんな脂ぎった、セックスしか頭にないといった感じの男となぜ関係をもったのでしょうか。
私の中の清楚で優しく、美しく上品な妻のイメージが音を立てて崩れていくようでした。
私は改めてビデオのフォルダの中の映像ファイルをチェックしました。映像ファイルはぜんぶで11個ありました。やはり一番古いものは今見た昨年の7月15日のもの、一番新しいものは同じく12月24日のものでした。
これがそれぞれ男の誕生日とクリスマスイブの日付であるということが、妻と男の親密さを表わしているようで私をうちのめしました。
先程のビデオで、妻は前後に張り型を呑み込まされて激しくイキながら、恋人同士のような熱い接吻を男と交わしていました。それが私を深い絶望の淵へと叩き落とすのです。
ファイル名から判断して、妻と男はだいたい月2回のペースで会っているようでした。昨年のカレンダーでチェックすると、曜日はまちまちですがどちらかといえば土曜か日曜が多いようです。
そうはいっても7月15日は木曜日、12月24日は金曜日ですから、2人の「記念日」なら平日でも都合をつけて会うのでしょう。
私はふと「20041204」という名のファイルが2つあることに気づきました。
正確にいうと「20041204a」と「20041204b」というものがあるのです。
どちらも容量は2ギガバイトを超えています。
(そういえば、2人で温泉旅行へ行ったと言っていた……)
12月4日と5日、つまり土曜から日曜にかけて妻と男は2人で温泉に出掛けていたのです。
妻は私には、短大時代の女友達数人で久しぶりに旅行に行くと説明していました。私は他愛もなくそれを信じ、妻が土産として買ってきた温泉饅頭を子供達と一緒に食べたのです。
なんという間抜けな夫でしょうか。土産物屋で男と2人、仲良く手を組んでいる光景が目に浮かびます。妻と男は土産を買いながら、寝取られた哀れな亭主のことを笑っていたのでしょうか。妻と男に対する怒りが一層強く込み上げてきました。
私は思わずその「20041204」という名のビデオファイルをクリックしようとするのを必死で抑えました。妻はクリスマスイブのビデオの中で、旅行では一晩中責められ、8回イったと告白していました。
妻と男の情事の極限が記録されていると思われるそのビデオを今観てしまうと、私はこれから帰ってくる妻を殺してしまうかもしれません。こんな淫乱女のために人生を棒に振り、愛する子供までが世間から後ろ指を指されるようになるなど割りが合わない、と私の理性が囁いています。
しかし、その淫乱女は私が誰よりも愛した妻なのです。いえ、正直に言うとビデオの中のすっかり変貌した妻を見せつけられても、その思いは変わらないのです。
すっかり思考停止の状態に陥った私は、無意識のうちに「写真」のフォルダをクリックしていました。マウスは自然に「20041204」というサブフォルダに移動します。サブフォルダの中には200枚以上の画像ファイルがあります。
画像ファイルは整理しやすいよう、撮影順に自動的に番号が振られているようです。私は一番若い番号の画像をクリックしました。
液晶画面一杯に妻の姿が現れました。それは、私が恐れていたような、あるいは心のどこかで期待していたような裸や下着姿ではなく、私がこの冬のシーズン初めに買ってあげた、お気に入りのグリーンのコートを着て、車の前でにこやかに微笑む妻の立ち姿でした。
これから2人で温泉へとドライブを楽しむところなのでしょうか。幸せそうな表情で写っている姿は、先ほど見た男の上で素っ裸で恍惚の表情を浮かべている妻の姿態よりも、ある意味ショックでした。
写真の撮られた場所は私にも見覚えのある駅前の公園です。男は大胆にも私の家の近くまで妻を迎えにきたのです。
次の画像をクリックします。アップになった妻の顔が画面一杯に広がります。やはり妻は少し恥ずかしげな顔をカメラに向け、にっこりと微笑んでいます。
(どうして他の男にそんな顔を見せるんだ)
次の画像をクリックします。車のボンネットに片手をつき、モデルのようにポーズを取る妻。男のものと思われるその車は、メルセデスベンツのAクラスでした。小さ目のその車体さえ妻と男の親密さを示しているようで、私の心は激しい嫉妬に焼かれます。
次の画像をクリックした私は、一瞬目を疑いました。
妻は今度はボンネットに片手をついたまま、カメラに向けたお尻を思い切り突き出していました。なんと妻は空いた手でコートとスカートを持ち上げ、黒いシースルーのパンティを丸出しにしています。
何と妻と男は、我が家の近くの公園で野外露出まで楽しんでいたのです。
私はぶるぶる震える手で次の画像をクリックします。今度はカメラが妻にぐっと寄り、画面一杯に薄いパンティに包まれた妻のお尻が映し出されます。
私は最悪の予感を覚えながら次の画像をクリックしました。そこに現れた画像はやはり妻の裸の尻でした。突き出された大きな尻に完全に打ちのめされた私は、急いで画像を閉じました。
急に、妻を失うかもしれないという恐怖と悲しみが私を襲いました。それは先程感じた妻に対する怒りよりもはるかに激しい感情でした。いや、私は既に妻を失っているのかもしれないのです。
殺しても妻を失う。殺さなくても妻を失う。私はどうしたら良いのか分からなくなりました。
(とにかく、少し落ち着かなくては……)
変身(8)

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