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変身(13)

「どうした、早く言わないか」
「だって……」
「言わないのならまたケツを丸出しにさせるぞ。知っている人に見られてもいいのか」
「待って……言いますわ」
 妻は覚悟を決めたように口を開きます。
「私、東山紀美子は今日と明日、夫のことも子供のことも忘れて春日健一の妻、春日紀美子として過ごすことを誓います。あなた、紀美子を2日間、思い切り可愛がってね」
 私は妻の言葉に大きな衝撃を受けました。
 いや、妻の裏切りを知ってから何度もショックは受けてきたのですが、今聞いた妻の言葉はこれまでのどんなものよりもショックでした。
 妻ははっきりと、夫のことも子供のことも忘れて2日間情事に溺れるということを宣言したのです。もはや私が愛した妻はもはやどこにもいないと言っていいでしょう。私は妻を完全に失ってしまったのです。
(春日……健一)
 唯一の収穫は男の名前が割れたことでした。なんとしてでも妻と男に思い知らせてやる。私の心に復讐心がメラメラと燃え上がっていきます。
「よく言えたぞ」
 男は妻に近寄り、ぐいと抱き寄せます。男と妻はかたく抱擁しながら熱い接吻を交わし合います。
 まるで本当の夫婦、いや、恋人のようです。私と妻がSEXの時以外で最後にあんな熱い接吻を交わし合ったのはいつのことだったでしょうか。
 ビデオの画面が変わりました。高速のサービスエリアの駐車場のようです。妻はやはり車の前に両肢を大きく開いて立ち、照れ臭そうな表情を見せています。妻は例のグリーンのコートは脱いでおり、やはりお気に入りのベージュのジャケットにパールホワイトのシャツブラウス、そして膝までの黒いミニスカートに革のブーツというスタイルです。
「お願い……これ以上は……シートを汚してしまいます」
「どうしてシートを汚すんだ」
「だって……ローターで……」
 妻は恥ずかしそうにうつむきます
「スカートを上げてみろ」
 男の命令に頷いた妻は従順にスカートを上げていきます。
 ビデオカメラが妻の股間に寄っていきます。デジカメの画像でも見た黒いシースルーのパンティの前が膨らんでおり、ジーッという小さな音が響いています。
 なんと妻は秘部に大人の玩具をしっかりとあてがわれていたのでした。
「どうだ、しっかりあたっているか」
「……あたっています」
「言葉を省略するな。主語や目的語、修飾語をきちんと入れて答えるんだ。いつも職場で指導してやってるだろう」
「はい……」
 そう返事をした妻は突然「あっ」という小さな悲鳴をあげます。
「どうした」
「なんでも……なんでもありません」
「なんでもないはずはないだろう」
 妻は嫌々と首を振っています。
「素直になれないのなら、ケツの穴にもローターをぶちこんでやろうか」
「いやー、それはやめてー」
 妻は必死で首を振ります。男の車が停止している位置は駐車場でも隅の他人からは見えにくい場所のようですが、それでも時々近くを通る人が妻の声に怪訝そうな表情を向けます。
「き、紀美子のクリトリスにローターがしっかりとあたっています。そ、そしてク、クリトリスをローターで刺激され、紀美子はもう少しでイキそうになりました……」
「そんな言い方じゃケツローターだな」
「いやー、どうして」
 紀美子はスカートを上げたまま嫌々と身体をくねらせます。淫らに腰を振るその姿には明らかに男に対する媚態が含まれています。私の身体は怒りでますます熱くなります。
 一方、私は男の素性に関する新たな手掛かりを得ました。男の言葉の中にあった「職場」とか「指導」と単語。やはり妻のパート先である銀行の男のようです。妻の作る業務メモをチェックする立場のようですから、おそらく直属の上司でしょう。私は休日明けの明後日、男と対決することを心に決めました。
 その時は、具体的にどうすると決めていた訳ではありません。しかし今まで見たビデオや写真から、妻とはもう今までのような夫婦ではやっていけないと感じていました。
 だからといって妻と離婚するのか。夫婦としてやっていけないのなら理屈ではそういうことになるのでしょうが、妻に裏切られたいわば被害者である自分が、家庭崩壊という不条理に見舞われなければならないというのが納得出来ないのです。
 妻の相手である男の家庭も崩壊させてやる。そして出来ることなら妻を一生、座敷牢のような場所に閉じ込めて苦しめたい。淫乱女と化した妻が牢の中から、男を求めて悶えるのを見ながら笑ってやりたい。そんな思いまでが頭の中に生まれます。
 ビデオの画面が変わり、場面はいきなり室内になります。2人は旅館に到着、もう部屋の中に入ったようです。
 私はそこでいったんビデオを止め、「写真」のフォルダの「20041204」のサブフォルダを開きます。昨日確認した数枚のファイルを除いた一番古いファイルを選び、そのままダブルクリックしようとしましたが思い直し、マウスを右クリックします。デジカメなどで撮った写真をファイル名順にスライドショーで見せるソフトをインストールしていたことを思い出したのです。
 メニューの中から「アプリケーションで開く」を選び、そのソフトを選択します。ウィンドウズのデスクトップは消え、画面一杯にスライドショーが開始されました。
 幸い、公園前での野外露出の写真はあれで終わりのようでした。妻は見晴らしのよい展望台のような場所に立っています。晴れた冬の朝の空は空気が澄んでいるせいか、妻の後ろに富士山がくっきりと見えます。
 美しい風景を背景にした妻の写真が何枚か続きます。たまに子供達と一緒に、あるいは妻と2人で旅行に行く時、私が妻の写真を撮ろうとすると妻は恥ずかしがって撮らせようとしませんでした。しかし、はっきりした顔立ちを引き立てるようなメイク、良く手入れされた明るい栗色の肩までの髪でイメージが一変した妻。性能の良いデジタルカメラで撮られたその姿は幸せそうで、自信に満ちてさえ見えます。
 次の写真は男と妻が寄り添って、腕を組んでいる写真でした。近くにいる誰かに撮影を頼んだのでしょう。シャッターを押した人は男と妻が本当の夫婦であることを疑いもしなかったに違いません。それほど2人の間には自然な親密さが感じられました。
 私は耐え難いほどの孤独感に襲われました。もはや妻は私のものではない。私の手から離れて、まさに見も心も男の妻「春日紀美子」になっていたのです。
 私はスライドショーを停止させ、ビデオを再開させました。旅館の部屋は派手さはないものの、高級感のある和室です。妻がまるでレポーターのように部屋を案内するのをビデオカメラが追いかけます。
 特筆すべきは、部屋に備え付けられている露天風呂でした。おそらくこの旅館の売りものだと思われます。コートもジャケットも脱いだ、パールホワイトのシャツブラウスと黒いミニスカート姿の妻が露天風呂の前で恥ずかしげに佇みながら、カメラに向かって語りかけます。
「……旅館自慢の露天風呂です。あなた、後で紀美子と夫婦水入らずでゆっくり入りましょう」
 妻はそう言うとにっこりと微笑みます。完全に夫婦気取り、いや、夫婦そのものです。春日という男がやに下がっているのが目に浮かぶようです。

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