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58.新たな生贄(1)

「手掛かり――そうだ、慌てていたのですっかり忘れていたわ」
(何だ?)
「こちらの屋敷に向かう時、連中が用意した車に乗り切れなくて、タクシーに分乗したの。そのタクシーのナンバーを覚えているわ。品川××の53××よ。クリーム色で車の横にチェッカー模様の横線が入っていたわ」
(そうか、久美子。よくやったぞ。すぐにその車を調べる)
受話器の向こうで山崎の歓声が響いた時、電話ボックスの背後で車が止まる気配がした。振り向くと久美子を送って来た黒い車から森田組のチンピラが三人と葉桜団の銀子が下りてくる。
「受話器を置いてボックスから出るのよ」
久美子は「奴らに見つかったわ。お兄さん、急いで」と一声叫ぶと受話器を置き、ボックスから出る。
「様子がおかしいと思ったら、勘が当たったわ。久美子、あんたやっぱり山崎のイヌね」
三人のチンピラが前に出る。久美子は反射的に防御の構えをとる。
「やめな。あんたが柔道の名人だってことは分かっているわ」
銀子が鋭い声をあげる。
「抵抗するとあんたの仲間の、夏子と冬子がどうなっても知らないよ」
久美子は悔しげに唇を噛み、手を下ろす。チンピラ達が久美子に近寄り、腕を後ろにねじ曲げるときりきりと縄で縛り上げる。
「くっ……」
セーターに覆われた久美子の豊かな乳房の上下に縄がキリキリと食い込む。久美子は縄目を受ける恥辱に思わず声をあげる。
「あ、あなたたち、これ以上罪を重ねるのはやめなさい。後悔するわよ」
「何を馬鹿なことを言っているの」
銀子は久美子の抗議を鼻で笑う。
「後悔するくらいなら始めからやるものか。こんなに楽しくて、お金にもなることを今さらやめるつもりなんかないわよ」
久美子がかっちりと縛り上げられたのを確認した銀子は、久美子の形の良い尻をパシッと叩く。
「さ、車に乗るのよ。あたいたちをはめようとしたことについて、みっちりお仕置きをしてあげるわ」

久美子は銀子と、三人の森田組のチンピラたち――竹田、堀川、そして石山に引き立てられて屋敷の地下室に連れ込まれる。そこにはすでに下着姿の美紀と絹代が両手を吊られた姿勢で縛られていた。
美紀と絹代の周りには先程の二人の男――川田と吉沢がそれぞれ青竹を手にして仁王立ちになっており、また葉桜団の副団長である朱美が険しい顔をして立っている。
「久美子さんっ!」
悲痛な声が美紀の喉から迸る。絹代は羞恥と恐怖に顔を伏せ、シクシクとすすり泣いている。
久美子は「美紀さん、絹代さんっ」と呼びかけようとして慌てて口をつぐみ、その代わりに「大丈夫です」とでも言うかのように、頷きかける。
美紀は納得したように頷く。当初の計画どおり山崎に連絡することが出来たのがわかったのだろう。
(待っていなさい、いずれ兄さんがこの屋敷を探り当てて、全員、一網打尽にしてくれるわ)
名探偵としてこれまで数々の事件を解決し、警察にも協力して来た山崎は、警察内部にもコネクションを有しており、タクシーのナンバーから持ち主の会社を運転手を知るなど容易なことである。そうすればこの屋敷の場所はすぐに知ることが出来るだろう。
「こうやって見ていると、静子夫人を助けに来た京子を捕まえた時のことを思い出すわ」
銀子が笑いながら前に出る。
「あの時もここで静子夫人を縛り付けて、その前で京子を尋問したんだっけ。まずは何から始めたのかしら」
「さあ、随分前のことだから覚えてねえな」
川田が首をかしげる。
「確か、静子夫人を責めると脅しながら、京子にストリップさせた後、無理やり塩水を飲ませて立ち小便させたんじゃなかったかしら」
朱美が口を挟むと吉沢が「よく覚えているじゃねえか」と笑う。
「同じことをやらせるか――それも芸がないかな」
川田が手に持った青竹で美紀の尻をポン、ポンと軽く叩く。美紀はきっと眉を吊り上げ、川田に向かって「やめなさいっ」と言い放つ。
「こりゃあ気の強い女だ。珠江夫人以上かも知れねえな」
川田が珠江の名を口にすると、絹代が思わずぶるっと身体を震わせる。それを目ざとく見つけた銀子が絹代に近づく。
「あんた今、珠江の名前を聞いて反応したわね。珠江と何か係わりがあるの?」
銀子が絹代の顔を覗き込むようにすると、絹代は顔を背け小刻みに震え出す。
「どうせ冬子というのは偽名だろうけど――良く見るとどこかで見た顔ね」
(まずいわ……)
久美子は緊張する。
この捨て身ともいえる囮作戦にあたって夏子と冬子の正体――実は村瀬美紀と千原絹代であることはいずれ露見するということは織り込み済みである。特に千原流家元の女中をしていた友子と直江が敵方についているからは、絹代の正体は友子と直江が面通しをすればすぐにわかってしまうだろう。
これまでのところ絹代の正体がばれずにいたのは、友子と直江が歌舞伎町で酔っぱらって、街の不良たちといざこざを起こしたことで謹慎処分を食らっていたせいで、久美子たちとの交渉の場に出てこなかった幸運もあるのだ。
しかし、そうであるだけに山崎が到着するまでの被害を最小限にするためには、出来るだけ時間を稼げなければならない。久美子は必死で頭を回転させる。
「そう言えばこっちの女もなんとなく見覚えがあるわ」
次に朱美が美紀の顔を覗き込む。美紀はうろたえたように顔を逸らす。その様子をじっと眺めていた川田が「思い出したぜ」と手を叩く。
「この女、小夜子の母親だ」
「何だって?」
銀子と朱美が同時に声を上げる。
「随分派手な化粧をしているので分からなかったが、間違いない。昔、静子夫人のところへ日本舞踊を習いに通っていた小夜子お嬢様を、稽古が長引いて遅くなったので車で送ったことがあるんだ。その時、門のところまで迎えに出て来たのをはっきり覚えているぜ」
「でも、小夜子の母親って事はもうとうに40を過ぎているだろう。驚いたね、とてもそうは見えないよ」
朱美が感心したようにあらためて美紀の顔をじろじろと覗き込む。
「ということは、こっちも誰かの母親かしら?」
銀子がじっと絹代の顔を見る。絹代は恐怖のあまり顔面を蒼白にさせ、肩先を小刻みに震えさせている。
銀子はいきなり絹代の頬を両手で挟むようにすると、絹代の唇を奪う。絹代は驚愕のあまり目を見開いていたが、やがて「な、何をするのですかっ!」と悲鳴を上げる。
銀子はニヤリと笑って頷く。

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