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62.新たな生贄(5)

「でも、私……犯人があんな恐ろしい人達だとは……」
絹代は先程、悦子に加えられた恐ろしい私刑を思い出したのか、優美な裸身をぶるっと震わせる。
「美沙江はともかくとして、珠江様は気性が激しい人です。犯人たちに反抗して恐ろしいお仕置きにあっているんじゃないかと思うと、私……」
「絹代さん……」
悦子と違って、美沙江や珠江は彼らにとって大事な商品だから、身体に傷をつけるような責めをすることはまずないだろう、久美子はそんなことを口にしようとしてはっと思い止どまる。
義子とマリから見せられた静子夫人をモデルにした卑猥な写真や、京子と美津子による秘密映画の宣伝チラシのことを思い出したのである。そのように女の恥を晒すことを強いられることと、先ほど悦子が受けたような肉体的な拷問ではどちらが残酷だろう。
そう考えると美紀や絹代に、現在この屋敷に監禁されている女たちがどんな目にあっているのか知らせない方が良い。
(しかし、そう上手くいくだろうか)
川田や吉沢、銀子や朱美がこの地下室倉庫を出て行ってからかなりの時間が経つ。結果的に時間を稼ぐことができているのは助かるが、いつまでもこのままということはあるまい。
そんなことを久美子が考えていると突然倉庫の扉が開く気配がする。三人の女たちははっとして身体を堅くする。
入って来たのは銀子、義子、友子、そして直江の四人である。
「わあっ、本当に奥様が裸で捕まっているやないの」
友子と直江が檻の中を覗き込むと、喚声をあげる。最近まで千原家で女中として働いていた二人の顔を見た絹代は、驚愕に顔を引きつらせる。
「と、友子さんっ、直江さんっ。ど、どうしてここにっ!」
「どうしてって、あたいたちここにいる銀子姐さんや義子と同じ、葉桜団のメンバーだよ」
「美沙江お嬢様と珠江夫人の誘拐に協力したことで、葉桜団に入れてもらったんや」
「美沙江と珠江様を……」
驚く絹代に、友子が平然とした顔で答える。
「久美子さんはこのことを知っていたのですか」
「……ええ」
久美子はすまなそうに頷く。
「ど、どうしてそれを……」
何か理由があってのことだろうと思うのだが、かつての使用人の前に肌を晒さなければならない火のような羞恥と屈辱に、絹代は思わず非難の言葉を口にしかける。
「あ……」
檻の外からニヤニヤ笑みを浮かべながら絹代を眺めている友子と直江の姿を改めて目にした絹代は、そこで久美子がこのことを隠していた理由に気づく。
自分の意志から囮となってこの屋敷に乗り込み、そして予定どおり捕らわれてから、こうして思いがけず千原家の女中である友子と直江の前に肌を晒すことですらこれ程辛いのだ。信頼していた二人の少女たちに裏切られ、悪鬼たちの手に落ちた美沙江と珠江はそれよりもはるかに大きなショックを受けたことだろう。特に、世の中の汚さを知らずに育って来た美沙江にとっては天地がひっくり返る程の衝撃だったに違いない。
そんな美沙江と珠江の味わった苦汁を、久美子は自分に伝えることが忍びなかったのだろう。
そこで絹代はあることに気づく。これまでずっと、美沙江や珠江、そして村瀬家の小夜子や文夫が今どんな目にあっているかという話題になると、久美子が急に無口になり、不自然に話題を逸らせようとして来たことを――。
(いったい美沙江と珠江様は今……)
そこで絹代は美紀と目が合う。美紀も同様のことを考えていたのか、不安げな表情を絹代に向けている。
「それにしてもすごく奇麗な肌やわ。これで42歳なんてとても思えない」
「さすがは美沙江の母親やね」
そんなことを言いながら笑い合っている友子と直江を見ていた絹代はたまりかねたように声を上げる。
「あ、あなたたち、美沙江や珠江様をいったいどうしたのです。二人はこの屋敷にいるのですかっ」
友子と直江は絹代の勢いに虚を突かれたような表情になる。そこに義子が割って入る。
「もちろんいるわよ。二人ともとっても元気やから安心して」
そう言うと義子は銀子と顔を見合わせてどっと笑う。
「小夜子と文夫も元気よ。特に文夫なんか毎日ビンビンにして、絞っても絞っても追いつかないほどよ」
銀子が調子を合わせてそんなことを口にすると、美紀の顔色がさっと青ざめる。
「あの絶倫さはこの屋敷の中でも勝てる男はなかなかおらへんわね。若いって素晴らしいわ」
そんなことを言い合って笑いこけるズベ公たちに、美紀が眉を吊り上げて怒声を上げる。
「あ、あなたたちっ。文夫に一体何をしたのっ。ひどいことをしたら許さないわよっ」
「ふん、随分大きな口をたたくやないか、この奥さん」
義子がすっと目を細めて美紀を見る。
「さっきマンコを炙られて泣きながら小便漏らしたのを忘れたんか? もういっぺん同じ責めにかけたろか」
美紀は残酷な拷問にかけられた恐怖が蘇ったのか、肩をぶるっと震わせるが、必死に気力を奮い立たせて義子を睨み返す。
「こ、これ以上罪を重ねるのはやめなさいっ。きっと後悔するわよ」
「何やて、あたいに説教する気か」
肩を怒らせて前に進み出る義子を、銀子が「やめなっ」と止める。
「あんたたち、ここに捕らわれている女たちのことを知りたくないかい?」
銀子にそう問いかけられた三人の女は、はっとした顔付きなる。
「中には男も一人交じっているけどね」
「まぜっ返すんじゃないよ、義子」
銀子は義子をたしなめると、再び檻の中の捕らわれの美女たちに向かって問いかける。
「小夜子や美沙江、それに文夫や珠江夫人がどうしているのか知りたくないか、って聞いているんだよ」
「それは……」
美紀は久美子の方をちらりと見る。愛する娘や息子の様子を知りたいのは山々である。しかし銀子の誘いに応じることが、山崎探偵や久美子が目論む救出計画に齟齬を来さないかということを心配したのだ。
絹代も必死な顔を久美子に向けている。これ以上隠し通すのは無理だと考えた久美子は、二人に向かって頷く。
「知りたいですわ」
美紀が三人を代表するように答える。
「そうだろう。それが親心っていうもんだよ」
銀子は満足そうに笑うと、義子に目で合図する。
「それじゃあ、一人ずつ出て来な」
友子と直江が檻の扉を開けると、まず久美子が外に出る。

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