絹代は口惜しげに眉をしかめながら、久美子に身体を近づけて囁く。
「久美子さん、本当に助けは来るんですの?」
「ええ、間違いありませんわ」
久美子は小さく頷く。
「でも、先程申し上げた通り、早くても明日の午前中だと思います。今夜は何があってもじっと耐えないと」
「わかっていますわ、でも――」
「その、熊沢組という暴力団の幹部がこの屋敷に滞在しているというのも、こちらとしてはかえって好都合です。連中は森田組から仕入れたその――写真や映画をたくさん持っているはずです。そういったものをすべて没収し、後顧の憂いを絶つ絶好の機会です。そのためには彼らに警戒されるような行動は避けなければなりません」
「そうですわね……わかりました」
絹代が辛そうに目を閉じる。
「珠江様の姿を見たら私、平常心を保てるかどうか、自信がありません」
「それは、私だって同じですわ。さっきの部屋で京子さんと美津子さんのあんな姿を見せられて――心の準備をしてきたはずなのに酷く動揺してしまいました」
「そうですわね、私ばかりが我儘を言ってごめんなさい」
「我儘なんてとんでもありませんわ。お気になさらないで」
久美子はそう言って首を振る。
「そこ、何をヒソヒソ話しているんや」
友子が久美子と絹代の様子に目を止め、つま先で絹代の尻を蹴りあげる。
「あっ」
いきなり尻を蹴られた絹代は思わず以前の使用人を睨みつける。
「その生意気な目付きはなんや。女中やったうちらのことを馬鹿にしとるんか」
「ば、馬鹿になんかしていませんわっ」
直江の言葉に絹代が言い返す。
「そこ、うるさいよ。静かにしな」
銀子がうんざりしたような声をあげる。
「そやけど、おとなしいだけやと思てたら、なかなか負けん気の強い奥さんやないの。頼もしいわ」
義子がからかい半分でそんなことを言うと「奴隷はそれくらいがちょうど良いのよ。何かあるたびに気を失われていたんじゃあ、やりにくくてしょうがないわ」と銀子が応じる。
銀子たち葉桜団のズベ公に連れられた久美子、美紀、そして絹代は二階の座敷の隣にある女中部屋にたどり着く。
「裸のままいきなり連れ込むのも気が引けるね。浴衣か何か、三人が羽織るものを何か持ってきな」
銀子はそう言うと直江と友子の方を見る。
「あら、裸のまま連れ込んだ方が面白いやないですか」
「田代社長や森田親分へのお披露目もまだなんだから、そう言う訳にも行かないよ。それにパンティを履いているとは言え、裸の女を三人も連れ込むと、せっかくお座敷を務める珠江の影が薄くなっちまうだろう」
「わかりました」
友子と直江は頷くと女中部屋を出て、衣装部屋にもなっている一階の納戸へと向かう。
「あたいはその間に、熊沢親分の了解を取って来るよ。義子は三人を見張ってな」
「了解」
義子がおどけて敬礼の真似をする。
久美子と美紀、そして絹代はその間、洋室の中央に並んで立たされる。部屋に置いてある姿見に自分の裸像が映っているのを目にした久美子は、噴辱の思いに駆られて目を臥せる。
(静子夫人や京子さんはずっとこんな思いを――)
明日の午前中には兄の山崎が助けに来てくれると信じているからまだ耐えられるが、いつ終わるとも知れない羞恥地獄に囚われている静子夫人や京子、そして小夜子、美沙江たちはどんな思いで毎日を暮らしているのか。そう考えると久美子は胸が塞がれるような思いになる。
久美子はそこでふと、黒人に背後から犯されていた静子夫人、そして実の妹である美津子に責め立てられていた京子が上げていた声に、喜悦の響きが混じっていなかったかと考える。
(まさか……)
久美子は自分の考えを打ち消すように首を振る。屈辱の中で快感を得るなどということがあるはずがない。男性経験もなく、まして被虐の快感など味わったこともない久美子が、静子夫人や京子が体験している性の境地を想像できないのも無理のないことだった、
しばらくして熊沢と話をつけた銀子が戻り、直江と友子がキラキラした衣装を手に抱えて戻って来る。
「なんだい、それは」
「浴衣が見つからなかったんで、こんなものを持ってきました。ちょうど三色ありましたし」
「ベビードールか……あ、これ、透けてるやないか」
義子が手に取ると頓狂な声をあげる。
「黒と赤、それにピンクか、そうだね……」
銀子は少し考えた後、久美子たちの方を見るとにやりと笑う。
「いいことを思いついたよ。友子、直江、三人の縄を解きな」
「えっ?」
友子が思わず顔をしかめる。
「いいんですか? 他の二人はともかく、久美子は相当じゃじゃ馬ですよ」
「縄を解いたら暴れまくるかも知れませんよ」
友子と直江はかつて歌舞伎町で不良少年たちから絡まれた時、久美子に助けられたことも忘れて口々にそんなことを言う。
「大丈夫だよ」
そう言うと銀子は久美子たちに向き直る。
「いいかい、三人とも縄を解いてやるけれど、絶対に暴れるんじゃないよ。ちょっとでも抵抗を示すなら」
そう言うと銀子はポケットから小型の折り畳みナイフを取り出す。
「このナイフで珠江の肌を切り裂くよ。いいかい、わかったね」
銀子は折り畳んだナイフで久美子の頬をポン、ポンと叩く。久美子は口惜しげに「わ、わかったわ……」と答える。
銀子が目配せすると友子と直江が久美子たちの縄を順に解いていく。銀子と義子は三人の美女、特に久美子に油断なく視線を注ぎ、何かあったらすぐに飛び出せるように身構えている。
久美子はもとより、ここで無益な抵抗を示す積もりはない。今は兄の山崎が助けに来るのをじっと待っていればよいのだ。それまでは何があっても耐えて、ひたすら時間稼ぎをするしかない。
直江と友子が三人の縄を解き終える。久美子、美紀、そして絹代は自由になった両手で思わずあらわな胸を覆う。
「手で隠すくらいならこれを着るんだね」
銀子は楽しそうにそう言うと、友子と直江が持って着たベビードールを順に久美子たちに配る。
ピンクを久美子に、赤を美紀に、そして黒いベビードールを絹代に手渡した銀子は、三人に改めて言い渡す。三人は戸惑いながらも裸のままよりもましかと思い、渡されたベビードールを身にまとう。
67.地獄巡り(5)

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