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76.地下室の三人(1)

 汚辱に満ちた珠江夫人の花電車芸がようやく終了し、いよいよ夫人が熊沢たち三人を相手に床入りするという段になって、久美子、美紀、そして絹代の三人は地下室倉庫に戻された。
「この続きは明日の朝よ。せいぜい楽しみにしているのね」
「三人とも明日からは大忙しやからな。今夜は精々休んどきや」
銀子と義子はそう言って笑い合いながらベビードール姿の三人を檻の中に放り込み、古びた毛布を投げ込むと地下室を出る。残された三人はしばらく無言のまま、一様に青ざめた顔を俯けていたが、やがて絹代が耐えられなくなったように顔を上げる。
「く、久美子さんっ。私たち、あれで良かったんでしょうか」
絹代の声に久美子ははっとした顔になるが、すぐに悲しげに顔を逸らす。
「珠江様は今頃、あの三人の男たちに……」
そこまで口にした絹代は後を続けることが出来ず、わっと声を上げて泣き出す。
美紀はそんな絹代に痛ましげな視線を向けていたが、やがて久美子に向き直る。
「久美子さん。教えて下さい」
「はい」
久美子は美紀の視線をまともに受けながら答える。
「あなたや山崎探偵は、どれだけご存じだったんですか? その、この屋敷の中で何が行われているかについてを」
「……断片的には知っていました」
「断片的にと言うと?」
「京子さんの声を録音したテープが兄のところへ送られてきたことがあったのです。それは、京子さんはこの屋敷の中で楽しく暮らしているから、もう探さないで欲しいというものです」
久美子の言葉を聞いた美紀は驚きに目を見開く。絹代もまたしゃくり上げながら久美子を見る。
「あなたもそれを聴いたのですか?」
「いえ」
久美子は首を振る。
「もちろん兄は、それは京子さんが強制されて吹き込まされたものだと考えました。しかしながら、そうは言っても実際にテープを聞かされた兄の受けた衝撃は、傍から見ても痛々しいほどでした」
「兄の話では同様のテープ――静子夫人の声を吹き込んだものが遠山氏に、また珠江夫人のそれが折原博士に――そして、小夜子さんのテープが内村医師のところへ送られたというのです」
「まさか……そんなことが……」
美紀はあまりのことに息を呑む。
「そのことを夫は知っていたのですか?」
「はい、ご存知でした」
「私は全然知りませんでした」
「ご主人は奥様にショックを与えてはいけないと考えて、伝えなかったのだと思います。静子夫人たちを誘拐した犯人がこのように、その……女を嬲る性癖があるということを。それであくまで営利誘拐と言うことにしておいた方が動揺は少ないだろうと」
「そんな……」
衝撃を受けた美紀は首を振る。しゃくり上げていた絹代が顔を上げ、涙に濡れた瞳を久美子に向ける。
「折原博士は私たちには何もそんなことは……」
「家元はお身体の具合が良くないと聞いていました。そんなことを耳に入れるとどんなことになるか――それを恐れたのだと思います。実際、静子夫人の夫の遠山氏は、静子様を心配するあまり病に倒れられたばかりでなく精神にまで変調を来たし、今や明日をも知れぬ状態だと聞いています。愛するものを奪われるということはそれほど辛いことなのです」
「そうは言っても私も、この屋敷の中で実際に静子夫人や京子さん、そして珠江夫人の姿を見るまでは、実際に何が行われているかについては知りませんでした。送り付けられたテープは受取人をことさらに動揺させるように、あることないことが吹き込まされていると思っていたのです。実際、京子さんが兄を裏切るなど信じられませんでしたし」
久美子はそこで言葉を切る。美紀は苦しげに顔を歪めていたが、やがて悲痛な表情を久美子に向ける。
「久美子さん……あなたは今日はわざと、私たちを小夜子や美沙江さんに会わせないようにしていたのですね」
「はい……申し訳ありませんでした」
久美子はそう言って頭を下げる。
「珠江さんが私の意図を察して、協力してくれたのです。自分の身を犠牲にしてでも時間を稼ごうと」
「そうだったんですね……そうとも知らずに私、珠江様にひどいことを言ってしまいました」
美紀が再び苦しげな表情になる。
「でも、これもあとしばらくの辛抱です。明日の午前中には――もう日付は変わっているでしょうから今日と言っていいでしょうが――必ず兄が助けにやって来ます。そうなれば小夜子さんも美沙江さんも、珠江夫人も静子夫人も、みな解放されます」
「そうなるといいんですが……」
美紀は不安げな顔になる。
「何か気掛かりなことでも?」
「なんだかあの若い女性が――銀子と言ったかしら――随分余裕たっぷりのように見えました。まるで私たちならいつでも料理が出来るから焦る必要はないと言わんばかりで」
「それは考え過ぎですわ」
久美子は微笑しながら美紀の言葉を否定する。
「油断しているだけだと思います。それに熊沢たちという客もいましたし」
「それならいいんですが……」
美紀はなおも懸念に顔を曇らせている。
「美紀さん、絹代さん、とにかく今は少しでも休みましょう」
「今頃珠江様や美沙江がどんな目にあっているかと思うと、私、とても……」
「だからこそ休まなくてはなりませんわ。絹代さんが珠江さんや美沙江さんの傷ついた心を癒してあげるためにも」
「そう……そうですわね」
久美子の言葉に絹代は頷く。
「眠れるかどうかは分かりませんが、休むようにしてみます。珠江様や美沙江ともう一度楽しく語り合える夢でも見ながら」
「私もそうしますわ」
絹代と美紀はそう言ってようやく微かな笑みを見せるのだった。

どれほどの時間が経っただろうか。日の光の射さない地下室では、夜が明けたかどうかも分からない。
久美子は少しはうとうとしたものの、さすがにほとんど眠ることが出来なかった。美紀と絹代も同様で、すでにすっかり覚醒しているようだ。
いや、そればかりでなく絹代は先程から身体をしきりにもじもじさせている。
「どうしたんですか、絹代さん」
「わ、私……」
絹代は顔を朱に染めながら久美子を見る。
「……お、お小用がしたいのです」

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