「当たり前じゃないの。千原流華道の次期家元である美沙江を、湖月流華道の花器にするところに意義があるんじゃない」
「美沙江は――美沙江はまだ19歳なんです。そんな恐ろしい目にあわされたら気が狂ってしまいます」
「大袈裟ね。そんなことで人間、気が狂ったりしないわよ」
そう言うと順子は友子と直江と顔を見合わせ、さもおかしそうに笑い合う。
「女の身体って、結構逞しく出来ているものよ。奥様が子供扱いしている美沙江だって、今ではお尻の穴を膨らませてソーセージまで飲み込めるようになったのよ」
「ああ……美沙江……何ていうこと」
そんなおぞましい言葉を聞かされた絹代は耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
「その花器――人間花器というものにするのは、私だけにして下さい。珠江様と美沙江は許して――お願いです」
「美沙江だけでなく珠江まで許せっていうの?」
順子の目がキラリと光る。
「折原珠江は千原流華道後援会長として、湖月流華道潰しを主導した張本人なのよ。あの女だけは許すことは出来ないわ」
「そ、それは誤解です。珠江様はあなたたち湖月流が、千原流の弟子たちを強引に引き抜こうとするのを後援会を通じて防ごうとしただけで――」
「それはあの女から奥様がそう聞いているだけでしょう。千原流の後援会の方々が湖月流のことを華道界の風上にも置けないアングラ華道で、弟子になったら自分の身体を使って花を生けなければならなくなるなんて根も葉も無い出鱈目を言って中傷したのは分かっているのよ」
「それは――」
絹代はぐっと言葉に詰まる。家元である夫の元康の看病に専念しており、千原流の実質的な運営は後援会長の珠江に任せっきりであった絹代は、順子の言葉を否定する根拠を持っていないのだ。
珠江が意図的に湖月流を貶めることを言うとは思えないが、古参の後援会員の中には前衛華道というものを全く認めない人間も多くいる。そう言った会員は女の裸体と華道を組み合わせるという湖月流を単なる色物として激しく嫌悪しているため、珠江の思惑を超えてそういった発言をしていなかったとは断言出来ない。
また、珠江自身が年若の美沙江を守りたい一心で、後援会員のそういった暴走気味の発言にある程度気が付いていながら、あえて制止しなかったということも十分考えられるのだ。
「珠江様がそんなことを言うはずはないと思います」
「でも、確信はないのでしょう」
「――」
「珠江自身は、これまで湖月流の妨害工作を行っていたことを認めているのよ」
「そんな……」
絹代は驚いて顔を上げる。
「嘘だと思うのならこれを読んでご覧なさい」
そう言うと順子は一枚の白い紙を絹代の前に突き付ける。「契約書」と表題がかかれたその紙には下記のような文章がタイプ打ちされていた。
「折原珠江(三十一歳)は長年、千原流生花の後援会長として横暴に振舞い、湖月流生花の発展を妨げたる罪によって、本日より性の奴隷として当屋敷に監禁、森田組の商品として一生涯飼育されるものとする。
一、性の奴隷、折原珠江は森田組の許可なしに身に布をまとうことを許さず。
一、商品化するための如何なる調教にも不平をいわざること。
一、定期的に行われる秘密ショーには、特別な事情のない限り、出演するものとす。
一、森田組の資金源である秘密写真、その他の仕事にも積極的に協力するものとす。
一、森田組の要求あるときは何時にても娼婦として客を取ることとす」
文章の最後には珠江自身の署名と、拇印のような赤い印があるのを確認した絹代は、青ざめた顔を上げる。
「これは……何かの間違いです。珠江様がこんなことを認めるはずが……」
「くどいわね、奥様。ここに珠江の署名がちゃんとあるのよ。珠江は潔く罪を認めて、罰を受け入れたのよ」
「罰って――あなたたちの奴隷になることが罰なんですか?」
「そうよ。奥様だって昨夜、やくざたちに奉仕している珠江を見たでしょう。珠江は今となっては進んで森田組の性の奴隷になることを受け入れているのよ」
「そんな――嘘です」
「そこまで言うなら証拠を見せてあげるわ」
順子はそう言うと室内電話を取り上げる。
「そうよ。すぐに連れて来て。昨日から眠っていないって? 奴隷の分際で贅沢を言わせるんじゃないわよ」
電話の向こうの人間に何事か話していた順子は、ニヤリと笑って受話器を置く。数分の後、菊の間のドアが叩かれる。友子が扉を開けると、義子とマリに縄尻を取られた素っ裸の珠江が、足元をふらつかせながら入ってくる。
「ご苦労様。行っていいわよ」
順子がそう言って二人を追い返そうとすると、義子がマリと目配せして口を開く。
「大塚先生、珠江は週末のショーの主演スターですから、あまり無理をさせたらあかんというのが鬼源さんからの伝言です」
「わかっているわよ。そんなこと」
順子は不平そうに口を尖らせる。
「調教するのは構いませんが、十分栄養と休養をとらさないと参ってしまいます。一時間後に迎えに来ますから、その時には珠江を解放してください」
「わかった、わかった。鬼源さんの言う通りにするわよ」
順子は煩そうにそう言うと、扉を閉める。
「浅草の鬼源だかなんだか知らないけど、あまり偉そうに人に指図しないでほしいわ」
順子はぶつぶつ独り言を言っていたが、よほど疲労しているのか床に膝をついて荒い息を吐いている珠江に目をやると、ニヤリと唇を歪める。
「折原夫人、そんなところに座り込んでいないで顔を上げるのよ。ベッドの上で縛られているご夫人の姿をようく見なさい」
順子の声に珠江は顔を上げる。珠江はしばらく焦点の合わない視線を布団の上の絹代に向けていたが、やがてそれが美沙江の母親の絹代であることに気づき、悲鳴を上げる。
「き、絹代様っ」
それまで珠江の視線を避けるように、首を捩らせていた絹代だったが、珠江の悲痛な声に顔を向ける。
「珠江様っ」
昨日熊沢たちの部屋ですでに対面を果たしている絹代と珠江だったが、その時の絹代は正体を隠した「冬子」という立場だった。
昨日の絹代の様子から、絹代が久美子とともに、田代屋敷に監禁されている珠江を含む女たちを救出するために身分を隠して潜入していると考えた珠江は、あえて絹代とは面識がないことを装ったのである。
宴席の客の一人としての絹代たちを相手に強要されたレズビアンまがいの演技、両門を使ってのバナナ切りや、女の秘所に筆を挟んでの習字などの羞かしい花電車の芸。珠江は、美沙江他の捕らわれの女たちが解放されるためならと、それらの身も凍るような行為も死んだ気になって演じて来た。
しかし今や絹代は、千原流華道の宿敵とも言うべき湖月流の総帥である大塚順子の目の前で、素っ裸で大股開きの羞かしい姿を布団の上に晒している。最後の頼みの綱も無残に断ち切られたことを知った珠江は絶望の呻き声を上げるのだった。
105.悲しい再会(2)

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