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166.敗北の兄妹(6)

 絹代は義子とマリの二人掛かりで倉庫の中に押し込まれる。そこには10人以上の男女が集まっており、むっとするような熱気があふれていた。
倉庫の中でコップ酒を酌み交わし、笑い合っていたのは田代、森田、川田、吉沢の男4人に葉桜団の銀子と朱美である。これに義子とマリを加えて8人、いずれも静子夫人の拉致から端を発する一連の誘拐事件の最初からかかわっているものたちである。
その8人に加え、彼らが取り囲むような形で、倉庫の中央に素っ裸で吊るされている男女がいた。それは久美子、美紀、そしてどこか絹代にも見覚えのある金髪の外人女――。
そして絹代を最も驚かせたのは、同じく惨めな全裸にされて天井の梁から吊り上げられている山崎探偵の姿であった。
「や、山崎さんっ!」
絹代の悲鳴が倉庫の中に響き渡り、それを耳にした田代や森田、銀子たちの笑い声が一層高まる。
猿轡をかけられた山崎が絹代の方を見る。山崎は素っ裸に縄がけをされた絹代の姿に、見てはならぬものを見たかのように顔を背ける。
「奥様はこっちだよ」
マリは絹代を久美子の隣に引き立てると、梁から垂れ下がった鎖に縄尻をつなぎ止める。美紀、久美子、そして絹代の三人が横に並んだ格好になり、山崎と、裸の外人女と向かい合ったところで、葉桜団の銀子と朱美が前に進み出る。
「奥様はそこのご婦人とは初対面かしら? 彼女はフランソワーズ・ダミヤといって、遠山静子夫人のフランス留学時代の親友なんですって。最近結婚したばかりなんだけど、結婚式に招待した静子夫人から音信が途絶えたので、心配してわざわざ日本までやって来たということなの」
そう銀子から聞かされて、絹代はダミヤのことを思い出す。
以前静子夫人が、自分の親友だと言ってダミヤを千原流華道の稽古を見学させるために連れて来たことがあった。もちろん夫人は事前に十分な説明をし、了解を得てのことであったが。
千原流側は夫人の申し出を快諾し、当時幾分体調が良かった家元の元康が、娘の美沙江と静子夫人に稽古をつける様子をダミヤに見学させた。静かな中にも緊張感の漂う稽古の様子に感激したダミヤは、その後、絹代も加わった食事の席で千原流華道がフランスに進出する際にはぜひ協力したいとまで申し出ていたのである。
(あの時の女性がなぜ……)
混乱する絹代夫人に、銀子が畳み掛けるように言う。
「彼女は静子夫人の消息を尋ねに遠山家まで行ったらしいんだけど、静子夫人は恋人とともに姿をくらまして、遠山家は既に千代さんが新しい女主人として切り回していると聞かされて、不審に思って山崎探偵を訪ねたらしいわ。そこでこれまでの経緯を聞かされて、久美子も失って孤軍奮闘していた山崎探偵を助けるつもりになったのよ」
そこまで言うと銀子は山崎のとなりですすり泣いているダミヤを見る。
「それにしてもまったく、ミイラ取りがミイラになるとはこのことね。まんまとこちらの手に落ち、森田組の商品に金髪の女奴隷が新たに加わったという訳」
銀子のその言葉を聞いたダミヤは耐え兼ねたようにわっと泣き出す。そんな哀れなダミヤの姿を、銀子と朱美はさも痛快そうに眺めている。
「まったく、馬鹿な女だぜ。山崎なんかに肩入れしなけりゃこんな目にあわなかったものの」
川田がコップに入った酒を一口飲むと、そう吐き捨てるように言う。
「川田さん、あんまり偉そうなことは言えないわよ。もう少しでこの金髪女に逃げられるところだったんでしょう。そうなってりゃ今頃あたいたち、サツの手で一網打尽よ」
朱美がそう口を挟むと川田は「そいつはその通りだ。面目ねえ」と頭をかく。
「とにかくこれで森田組に敵対したものたちが全員集合したという訳ね。あたいたちも今度こそ枕を高くして眠れるってものよ」
素っ裸の5人の男女を見ながら、銀子がさも楽しげにそう言い放つ。
その言葉を聞いた絹代は激しい恐怖と絶望感に襲われる。
確かに絹代と美紀のたっての依頼により再捜査に乗り出した山崎がこうして森田組の手に落ちたことにより、絹代や美紀だけでなく美沙江も小夜子も、珠江夫人や静子夫人もこの地獄屋敷から救われる見込みは当面潰えたといえる。
その上、明後日は関西一の暴力団である岩崎一家の岩崎大五郎が再びこの田代屋敷を訪れ、森田組の奴隷たちによる一大ショーが開催されるという。森田組や葉桜団だけならともかく、岩崎一家までが本格的にこの奴隷ビジネスにかかわるようになったら、今後絹代たちが救出される可能性はほぼゼロに等しくなるだろう。
美紀もまた絹代と同様、すべての望みが断たれた絶望にシクシクとすすり泣いており、久美子は虚脱したように宙を見つめている。
「それにしても山崎探偵にかかわった人間は、元々の依頼者の静子夫人といい、京子と美津子の姉妹といい、久美子に美紀夫人、それに絹代夫人といい、新顔のダミヤといい、ことごとく森田組の奴隷になったという訳ね。これじゃあ名探偵どころか疫病神もいいところじゃない」
銀子がそう言うと地下室に集まった男女はいっせいに笑いこける。
「ねえ、どうなの。名探偵さん。この始末をどうつけるのよ」
銀子は指先で山崎の股間に垂れ下がった肉棒を弾くが、山崎のそれはだらりと力無く垂れ下がったままである。
「あら、どうしたの。随分元気がないじゃない。朱美の手と久美子の唇で二度も搾り取られたせいで、カラカラになっちゃったの?」
銀子がそう言ってクスクスと淫靡に笑う。
「ええ? 朱美姐さん、そんなええことしてたんかいな」
義子が目を丸くして尋ねる。
「田代屋敷へ歓迎の意味を込めてね、ちょっとした挨拶さ」
「なんや、損したみたいな気分や」
義子がそうこぼすと銀子が「なんだ、義子はこの探偵さんが白い噴水を吹き出すのを見たかったのかい?」
「なかなか渋い男やんか。うちの好みやわ」
「ちなみに朱美は探偵さんが久美子にしゃぶられている間、例の前立腺マッサージまでしてやったんだよ。探偵さんはしゃぶられても必死で我慢していたんだけど、朱美のテクニックの前には一たまりもなくて、ついに妹の口の中にぶちまけたのさ」
その場の男女は再び笑いこけるが、銀子の恐ろしい言葉を耳にした絹代は恐怖で身も凍るような思いになる。
(そんな――久美子さんと山崎探偵が――)
実の兄と妹がおぞましい肉の行為を強制される。そのような恐ろしいことがあって良いものか。あまりのことに絹代は身体の震えを止めることができないでいる。
「どうしたんだい、奥さん。随分震えているじゃないか」
「……だ、だって」
絹代は歯が合わないほどの衝撃を感じていたが、ようやく自分の思いを言葉にする。
「山崎さんと久美子さんは、ほ、本当の兄妹なのよ……二人にそ、そんな恐ろしいことをさせるなんて……」
「本当の兄妹やからどうしたって言うのよ」
朱美が嘲笑するように言う。
「この屋敷の中じゃ血の繋がりなんか関係ないのよ。奴隷は奴隷らしくご主人様に命令された相手と肉の行為を持つだけよ。現に京子と美津子は姉妹でレズビアンのコンビを組んでいるし、小夜子と文夫もまだ肉の関係こそないけれど、姉妹仲良くポルノショーのコンビを組んでいるのよ」
「そうよ、奥様だっていずれは娘の美沙江とレズビアンのショーを演じてもらうから、覚悟しているのよ」
「な、何ですって!」
銀子がそう言い放つと、絹代夫人の顔は衝撃のあまり蒼白になる。

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