172.敗北の兄妹(12)

「今だって黙って気をやったでしょう。いく時にはいくって言わないと、見ているお客様が分からないでしょう」
「そうよ、あんたはだいたい色気が足らないのよ。他の二人はちゃんといく、って言えたわよ」
「ご、ごめんなさい……」
銀子と朱美に交互に耳を引っ張られたり、頬を軽く叩かれたりして責め立てられている久美子はべそをかきそうな顔付きになる。
「まあ、久美子はまだ処女だから無理もないかも知れないな。他の二人は人妻だし、比べるのは無理があるってもんだ」
そう言う川田を銀子は「甘いわよ、川田さん」と睨みつける。
「客の前で鈴縄踊りや糸通しを演じるのだから、処女は処女なりの色気がなくちゃ駄目よ」
銀子のそんな無茶苦茶な理屈に川田は思わず苦笑する。久美子はすすり泣きながら「ごめんなさい……何でも言うとおりにしますから、美紀さんと絹代さんは許して……」と哀願し続ける。
山崎探偵の助手を務め、一時は森田組と葉桜団を壊滅の危機に陥れた跳ねっ返り娘、柔道の達人である久美子が人が変わったように哀っぽく泣くその姿を、銀子はさも痛快そうに眺めている。
「今言ったことに嘘はないわね。本当に何でもやるのね、久美子」
「は、はい……」
銀子に念を押された久美子はすすり上げながら頷く。
「社長と親分の前だから、後で取り消しは効かないわよ。わかっているのね?」
「わ、わかってますわ」
再び頷く久美子を見て銀子と朱美は満足そうな視線を交わす。朱美は久美子の肩をわざと乱暴に叩くと、「それじゃあこんなふうに誓うのよ」と言う。
朱美が久美子の耳元に口を寄せ、何事か吹き込む。久美子は辛そうに眉を顰めるが、やがて諦めたように口を開く。
「た、田代社長様……森田親分様……」
朱美に強制された言葉を目を閉じたまま久美子が復唱し始めると、銀子はすかさず「やり直しっ!」と声を荒げる。
「顔を上げて、社長と親分の顔をしっかり見ながら誓うのよ」
「はい……」
久美子は銀子に言われるまま顔を上げる。
「田代社長様、森田親分様」
涙に濡れた瞳を交互に田代と森田に向ける久美子の鮮烈な美貌に、二人の男は思わず陶酔に似た感覚に陥る。確かに処女特有の堅さはあるものの、白い頬を上気させながら汚辱に耐えている久美子の姿は静子夫人や珠江夫人とは違う、悲壮美に似たものを感じさせた。
始めは山崎との対決の過程でたまたま手に入った女という程度の認識だったが、これは思わぬ掘り出し物かもしれないと、田代と森田は改めて思うのだった。
「く、久美子は山崎探偵の助手として森田組と葉桜団に敵対し、これを壊滅させようとした罪を償うため、せ、性の奴隷として、森田組と葉桜団のために生涯この身を捧げることを誓います」
それまで死んだように顔を伏せていた山崎は、妹の久美子のそんな汚辱の誓いを耳にしてはっと顔を上げる。
「久美子は皆様のご命令なら、実演ショーや実演映画の出演、秘密写真の撮影などにも喜んで参加し、は、腸まで晒すような羞かしい行為も進んで協力することを誓いますわ」
「そりゃあ立派な心掛けだ」
田代はそう言うと森田と顔を見合わせて満足そうに頷き合う。
「社長と親分の前で宣誓したことは絶対だよ。わかっているんだね、久美子」
「な、何度も念を押されなくても分かっていますわ」
ねちねちと言い募る銀子の陰湿さにさすがに耐えられなくなった久美子が思わず反発の言葉を吐くと、銀子は顔色を変えて久美子の頬をいきなり平手打ちする。
「なんだい、それが性の奴隷の態度かい。今誓ったばかりなのにそんな反抗的な態度を取るなら、こっちにも考えがあるよ」
銀子に睨まれた久美子は口惜しげに顔を歪めながら「ご、ごめんなさい」と唇を震わせる。
「今宣誓した内容はあとで文章にしてあげるからね。改めて声を出して読み上げた後で署名して拇印を押すんだ、良いね」
銀子が遣り手女が女郎に因果を含ませるようにそう言うと、久美子は「は、はい……」と頷く。
「おっしゃる通りに致しますからお願いです。美紀さんと絹代さんをこれ以上の地獄に落とすことだけは許して上げてください」
「さあ、どうしようかねえ」
銀子はそう言って笑うと、田代と森田の顔色を窺う。
「まあ、そこまでお嬢さんが頼んでいるんだ。今回のところは勘弁してやろうじゃないか」
「もともとは不甲斐ない兄貴をもったせいだ。とばっちりを受けただけって考えりゃあ、このお嬢さんも気の毒なもんだ」
田代と森田がそう口にすると、銀子と朱美は「社長も親分も、相変わらず女奴隷には甘いのね」と笑い合う。
「社長と親分のお言葉だから、今度ばかりは美紀夫人と絹代夫人が娘とレズのコンビを組むことは勘弁して上げるわ。有り難く思うのよ」
「は、はい……有り難うございます」
銀子の恩着せがましい言葉に久美子は卑屈なほど頭を下げる。
「その代わり、あんたは明後日のショーでは約束どおり山崎とコンビを組んで、お客様の前で見事に処女を散らすのよ。良いわね?」
「わ、わかりました……」
久美子がこくりと頷くのを見た義子は「そうと決まったらあたいたちはそろそろ二階の調教に戻って良いかな」と銀子に尋ねる。
「そうそう、京子と文夫のからみがだいぶ遅れてるのが気になるんだよ。鬼源さんの助手についているのは直江と友子だけだし」
マリも義子に同調するが、銀子はニヤニヤしながら「まあ待ちな。久美子に落とし前をつけさせてからだよ」と答える。
「落とし前?」
「そうさ。久美子が性の奴隷として再出発することを誓うのに免じて美紀夫人と絹代夫人は許してやったが、他の二人に呼吸を合わせられなかった久美子のお仕置きはすんでいないよ」
銀子のねちっこいまでの嗜虐性に義子とマリもさすがに呆れた思いになる。
「こ、これ以上私に何をさせようというの」
久美子が涙で濡れた瞳を銀子に向けると、銀子は「ほらほら、その物言いが一々生意気なんだよ」とうんざりした口調で言う。
「昨日、三人並べて立ち小便させようとした時も、久美子だけ身体が堅くなって出来なかっただろう。その復習を今からさせてやろうって言うんだよ」
「な、何ですって……」
久美子は思わず顔を引きつらせる。朱美が銀子の意図を察していたかのように、部屋の隅から古い金属性の洗面器と蝋燭を持ち出してくる。
朱美はポケットからマッチを取り出し、蝋燭に火をつけると洗面器の真ん中に立て、久美子の足元に置く。

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