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204.奴隷のお披露目(4)

「そいつはちょっと苦しい理屈だな」
「私たちのことはどうでも良いじゃない」
苦笑する関口を遮るように、町子はアルバムのページをめくり、ギリシャ彫刻を思わせる少年の裸像を指さす。
「こっちの男の子は誰なの?」
「それは誰だったかな……男にはあまり興味がないんでな」
関口が首を捻っていると、カウンターの中の五郎というバーテンがグラスを拭きながら「そいつは村瀬文夫といって、四ツ谷の村瀬宝石店の社長の息子ですよ」と答える。
「村瀬宝石店ですって?」
町子がバーテンの方を見る。
「種明かしはショーでやった方が面白いかも知れないんですが」
五郎はそう言ってニヤリと笑うとアルバムの次のページをめくる。
「こっちが文夫の姉の小夜子です」
岡田と町子はバーテンが指さす写真をじっくり眺める。
「こりゃあすこぶるつきの美人だ。俺はてっきり、女優の鰐渕晴子だと思ったぜ」
「鰐渕晴子以上かも知れませんよ。美人だというだけじゃなくて、日本舞踊は静子夫人直伝の腕前だし、バイオリンはコンクールで優勝したほどの名手です」
チンピラはなぜか誇らしげに小夜子について話す。
「そいつはすごいな」
岡田が感心したような声を出すと、バーテンは微笑しながら「今日のショーにも出演しますが、残念ながらバイオリンはお聞かせすることはできません。もっと面白いものならお見せ出来ますがね」と笑う。
「信じられないわ。少なくともこの目で見るまではね」
町子がそう言って首を振ったとき、ホームバーの扉が開き、マリが顔を出す。
「おくつろぎのところすみません。ちょっとご案内したいところがあるんですが」
「もうショーが始まるのか、随分早いな」
五郎がそう言って腕時計を見る。
「いえ、こちらのみなさんにぜひ挨拶したいって人がいらっしゃるんで」
マリがそう言うと関口は「挨拶したい人?」と首をひねる。
「誰かな」
「熊沢親分じゃないですか?」
石田が甲高い声で言う。
「それならぜひこっちからも挨拶しなきゃならないところだが」
「いえ、熊沢親分じゃありません」
マリは首を振る。
「湖月流華道の大塚先生です」
「湖月流華道? お花の先生が俺たちにいったい何の用事だ?」
「いらしていただければわかります。きっと皆さん、驚かれると思いますわ」
マリが意味ありげに微笑する。
「面白そうじゃない。行ってみましょうよ」
町子がそう言うと、岡田も「そうだな、行ってみるか」と席を立つ。
関口と石田も立ち上がり、マリに案内されてホームバーを出る。
「こちらです」
浴室の向かいの菊の間と呼ばれる和室の前に立つと、マリは「先生、お連れしました」と部屋の中に向かって声をかける。
扉が開き、頭にターバンのような布を巻いた、派手な化粧の中年女が顔を出す。
「いらっしゃいませ、私が湖月流華道の家元、大塚順子です。どうぞよろしくお願いします」
女はそう言ってニヤリと笑うと、薄いピンク色の名刺を差し出す。
「こりゃどうも」
関口と岡田は上着のポケットから慌てて名刺入れを取り出し、順子と名刺を交換する。順子はなぜか上機嫌で、名刺を持たない石田と町子にも名刺を渡し、「さあさあ、どうぞどうぞ」と部屋の中へ招き入れる。
「直江、友子、お茶をお入れして」
順子は関口、石田、岡田、そして町子の三人をソファにかけさせると、部屋の中にいた少女二人に声をかける。少女たちは「はい」と頷き、お茶の用意を始める。マリは扉の横に立ったまま、直江と友子の様子を見ている。
「ここにも直江がいたわ」
町子が隣の岡田に小声で話しかける。
「月影荘の直江よりだいぶ若いが、目付きが悪いところが似ているな」
岡田もお茶の用意をしている直江と呼ばれた少女をちらちら見ながらくすりと笑う。
「私たち湖月流は前衛芸術と華道の融合、すなわち現代アートとしての華道を目指した、華道界の中でも革新的な団体でございますの」
全員にお茶が行き渡ったのを確認した順子がおもむろに話し始める。四人は順子に、いったい何を始めるのかといった、怪訝な表情を向けている。
「そんな私たち湖月流華道の神髄をぜひとも皆さまに、ショーが始まる前にご覧いただきたいと思いましてお呼びしたんですわ」
順子はそう言いながらソファから立ち上がると、部屋の奥の白い幕で覆われた場所へと向かう。
「神髄だなんて大袈裟ね」
町子がボソッと口にすると、岡田が「声が大きいぞ」とたしなめる。
「これがそうですわ。どうぞご覧ください」
順子が芝居がかった仕草で幕を取り去ると、それまで訝しそうな表情をしていた岡田や町子たちの表情が一変する。
「これは……」
岡田はソファから身を乗り出しながら、驚きのあまり息を呑む。
そこには三体の女体が並べられており、すべて一糸纏わぬ素っ裸であった。
しかも三人は、股間を天井に向けたいわゆる「まんぐり返し」の、極限の屈辱のポーズとも言うべき格好で縛り上げられていたのである。
それだけではない。それぞれの女の女陰と菊門には、色とりどりの花が生けられているのだ。花器と化した三つの女体はよほど訓練されているのか、収縮力を発揮して生けられた花を微動だもさせじとばかりに支えているのだ。
それぞれの女体の前には木の板に黒々と墨書された札が立てられており、順に「千原流華道・後援会会長・医学博士夫人・折原珠江・三一歳」、「千原流華道家元令嬢・千原美沙江・一九歳」、そして「千原流華道家元夫人・千原絹代・四二歳」と記されているのだ。
「これは、さっきのアルバムの……」
岡田もまた驚きに大きく目を見開く。確かにそこに、羞恥の極限と言った姿で晒されているのはさきほどホームバーで目にしたばかりのアルバムに載せられていた、千原流華道の中心人物三名であった。
「いかが、皆さん。湖月流華道の神髄、人間花器は? お気に召しましたかしら」
順子は嬉々とした表情で岡田たちに話しかける。
「人間花器だって?」
聞き馴れない言葉に岡田は問い返す。
「こんな風に、女の身体を花器として使用する生け花のことですわ。もちろん、私が主宰する湖月流華道が提唱しているもので、他に例はありませんわ」
順子はそう言って胸を張る。
(そりゃあそうだわ……)
あまりのことに町子は驚きと言うよりも呆れかえる。

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