「たとえ森田組や田代社長の側が乗り気じゃなかったとしても、千代夫人は森田組にとって大口のスポンサーだからな。なかなかその意向には逆らえないさ。しかし……」
「しかし、何なの?」
「岩崎一家が本格的に乗り出してくるとしたら話は別だ。岩崎一家の資金力はそこらの大企業は目じゃねえ。裏の世界では岩崎一家の後ろ盾があれば怖い物なしだ」
そこまで言うと関口は「このままだと、森田組がこの国のポルノ産業を牛耳ることになるかも知れねえな」と呟く。
「そうなりゃうちも大問題だ」
関口の話をじっと聞いていた岡田が口を挟む。
「雪路や雅子がいるからって安穏としている訳には行かなくなるぜ。町子」
「そ、そうなの?」
「当たり前だ。今のうちに森田組に渡りを付けておかないと。さて、どうするものか」
岡田は腕組みをして考え込む。町子はそんな岡田に呆れたような視線を向けていたが、やがて派手な再び音楽が聞こえ、マリの声がマイクを通して響き渡る。
「お待たせしました。それではいよいよショーの開幕です! 始めに登場いたしますのは皆さまご存じの、四谷の村瀬宝石店の社長令嬢、村瀬小夜子嬢とその弟、文夫君でーす!」
舞台の黒い幕がさっと引かれ、スポットライトに照らされて登場したのは町子が先ほどホームバーで見せられたアルバムにも載っていた、村瀬小夜子と文夫の姉弟だった。
姉の小夜子は武家の娘風の丸鬘と紫の湯文字、弟の文夫は前髪の若衆髷と赤の褌のみを身につけた裸で、舞台中央あたりに立てられた二本の柱に立ち縛りにされている。
姉弟の両側には山賊のようなざんばら頭に褌一丁のの男二人が、片手に徳利を手にして胡座をかいている。。
「父の敵を求めて国元から江戸へと向かったお小夜と文之助の姉弟でしたが、旅の途中で雇った雲助に騙されて、山賊たちのねぐらへと拉致されてしまったのでした。さて、お小夜と文之助の運命はいかに――」
そんな義子の口上に観客席がどっと沸き返る。
義子の口上といい、舞台の後ろに置かれた廃屋を描いた下手な書き割りといい、いかにも田舎芝居といった雰囲気であるが、その中で主演俳優の二人――小夜子と文夫の姉弟の美しさのみがあたかも舞台上で光を放っているようである。
「随分手こずらせやがったじゃねえか。三人も斬り死にを出すとはな。可愛い顔をしてるもんだから甘く見たのが間違いだったぜ。なあ、伝助」
「そうだな、熊造。しかしいかに武家の姉弟といってもこうやって刀も奪い、裸にしちまえば怖くはねえぜ。仲間の仇をゆっくりと討ってやろうじゃねえか」
下手糞な科白を交わし合っているのはプロの俳優ではなくて、どうも森田組のやくざが役者として駆り出されているようだ。観客たちは失笑を浮かべながらも舞台上の小夜子と文夫の美貌に釘付けになっている。
「裸とはいっても二人ともまだ一枚ずつ残っているぜ」
熊造を演じるやくざがそう言って小夜子と文夫の股間の当たりを指さすと、伝助を演じるやくざが「ちげえねえ」と下品な笑みを浮かべる。
「それじゃあ、さっそく脱がしてやろうじゃねえか」
「まずは姉の方からだ」
熊造がそう言って立ち上がるとお小夜に近づき、湯文字の紐を解こうとする。
「な、何をするのですかっ。おやめください」
お小夜が悲鳴を上げて腰を揺さぶると、熊造は「何をするって、こんなものをつけてちゃ、何も出来ないだろう」と笑う。
「や、やめてっ! 裸にするのはやめてくださいっ」
「じたばたするねえ。こうなりゃ武家の娘らしく潔くするんだ」
そう言うと熊造はお小夜の尻をパシッと平手打ちする。
「や、やめろっ。貴様ら、姉上に何をするんだっ」
文之助が熊造を睨みつけると、伝助が徳利の酒をぐっと呑んで立ち上がり、文之助に近づく。
「お坊ちゃんの方は俺が脱がしてやるぜ」
伝助はそう言うと文之助の褌の結び目に手をかける。
「や、やめろっ。何をするのだっ」
「何をするって、姉弟仲良く脱がしてやるだけじゃねえか。おとなしくしなっ」
伝助はそう言うと、文之助の引き締まった尻をパシッと叩く。
「雲助を演じているのは吉沢と井上といって、森田組の幹部組員だ」
関口の言葉に町子は驚く。
「幹部やくざがポルノ俳優の役をしているの」
「俺の組だってやってるぜ。この石田なんかなかなか巧いもんだ。あそこだって本職の役者にも負けてねえぜ」
関口がそう言うと隣の石田が「へへへ」と笑う。
「まあ、幹部と言ったって小さい組だから、岩崎一家ならチンピラに毛が生えた程度だろうが」
「そうなんですか」
町子は頷くと再び舞台に目を向ける。
脚本は陳腐だし演じる俳優たちもどうしようもない大根だが、主役のお小夜と文之助を演じる姉妹のおかげで、観客たちはすっかり舞台に引きつけられている。
(でも、これはなかなか参考になるわ)
岡田が経営する和洋産業も、雪路と雅子という素晴らしい素材を得たものの、作る映画は相変わらず男と女の単調なセックスを描いているだけである。
これまでのような温泉場で上映する酔客相手のブルーフィルムならそれでも良いだろうが、客を広げるためにはもっと演出に工夫を凝らさないといけない。
特に輸出用の映画なら、髷や着物を着けて演じる純日本風の物語は受けるだろう。
(雪路に盲目のお姫様、雅子にそれを守る男装の剣士なんて演じさせてみたらどうかしら)
町子がそんなことを夢想していたとき、舞台脇から着物を着崩した女二人が現れる。
「熊造さん、伝助さん、ちょっとお待ちよ」
女の一人に声をかけられた雲助が手を止める。
「なんだ、お銀に朱美じゃねえか。いったい何の用だ」
「何の用かはないだろう。良い着物が手に入ったから買えって、いきなり呼びつけたのはそっちじゃないか」
お銀と呼ばれた女がそう答える。
「そうだったかな」
熊造は首をひねる。
「それで、着物の値踏みはすんだのか。いくらで買うんだ」
「いくらも何も、いかにも身分の高いお武家が着るような上物の、男物と女物の着物が二着。しかも刀に脇差、女用の守り刀も揃っていながら肝心のお湯文字と褌が見当たらないから、どうしたのかと聞きに来たのさ」
お銀はそこで初めてお小夜と文之助に気づいたように、二人が縛られている柱に目をやる。
「おや、そこにあるじゃないか」
お銀と朱美はつかつかと二人に近づくと、それぞれお小夜の湯文字と文之助の褌に手をかける。
「おいおい、下着まで持って行くのか」
熊造が呆れて声をかけるが、お銀は平然と「当たり前じゃないか」と答える。
「着物に帯、襦袢にお湯文字までそろっているところに値打ちがあるんだよ。それに」
お銀はそう言うとお小夜の顔を見上げる。
「こんな奇麗なお嬢ちゃんが身に着けていたものだから、それだけで高い値をつける助平親父も一杯いるんだよ」
お銀はそう言いながら、お小夜の湯文字をするすると解いていく。
208.奴隷のお披露目(8)

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