「あっ、ああっ、お、おやめ下さいっ」
お小夜は慌てて悲鳴を上げるが、あっと言う間に湯文字は解かれ、お小夜の雪白の素裸がついに露わになる。
「お坊ちゃんの方も脱がせて上げるよ」
朱美もまた文之助の褌を手際よく脱がせていく。
「やっ、やめろっ。やめぬかっ」
文之助は懸命に腰部を揺さぶって抵抗するが、朱美によって呆気なく褌は脱がされ、お小夜と同様に素っ裸にされる。
「これで二人仲良く素っ裸さ」
朱美から褌を受け取ったお銀は、哀れな姉弟に視線を向けながらさも痛快そうにそう言い放つ。
全裸のまま立たされているお小夜と文之助は、あまりの屈辱に顔を真っ赤にして、せめて卑劣な男女から羞恥の箇所を隠そうと必死で下半身を捩らせている。
「ところでこの二人、姉と弟なんだって?」
銀子が尋ねると伝助が「ああ、そうなんだ」と頷く。
「なんでも父親の敵討ちのために国元を出てきたらしいね」
「そうそう、ところが途中で俺達の駕籠を使ったのが運の尽き。仲間の山賊に襲われてこうやって身ぐるみはがれたって訳さ」
熊造と伝助はそう言うと顔を見合わせて笑い合う。
「へえ、そりゃあ可哀相だね」
朱美は大袈裟に肩を竦める。
「何が可哀想だ。こいつらのせいで仲間が三人も斬り殺されたんだぞ」
口を尖らせる熊造を、お銀は「そいつは自業自得じゃないか」と笑う。
「しかしお銀、どうしてこの二人が敵討ちの旅だって分かったんだ」
伝助の問いに銀子は油紙に包まれた書状を取り出し、「姉の着物の袂に、この仇討ちの認可状が後生大事に縫い込まれていたからね」と答える。
「お銀、お前、字が読めるのか」
「そいつは大したもんだ」
熊造と伝助はそう言って感心したように頷き合う。
「それで、熊造さんたちはこのお武家の姉弟をどうするつもりだい」
「どうするも何も」
熊造は伝助と顔を見合わせる。
「こいつらに仲間を三人も斬り殺された恨みがあるからな。今夜は散々いたぶって、明日の朝には縛り首にでもして外の松の木にぶら下げてやろうかと思っていたんだが」
熊造のそんな言葉を聞いたお小夜と文之助は慄然とした表情になる。
「縛り首だって?」
銀子が呆れた表情になる。
「こんな上玉をばらそうだなんて、なんてもったいないことをするんだい」
「そうだよ。うちの女郎屋で働かせたらあっという間に売れっ子になるよ」
お銀と朱美がそう言うと、伝助は「女郎屋って、葉桜屋のことか」と驚いたような表情になる。
「そんなこと出来るもんか。仮にも武家の娘なんだぞ。女だてらに俺たちの仲間を二人も斬り殺したんだ。そんな女を女郎になんぞ出来るはずがねえ」
熊造が吐き捨てるように言う。
「あたしに良い考えがあるんだよ」
銀子はそう言うと朱美、熊造、そして伝助の三人を手招きし、何やらひそひそと話し始める。
「何だって?」
驚いて大きな声を出す伝助を、お銀が「しっ、声が大きいよ」とたしなめる。
「しかし、そんなことがうまくいくかな」
首をひねる熊造の肩をお銀はポンと叩くと、「とにかくこの場はあたしに任せておきな」と言って、お小夜と文之助の前に立つ。
「さて、お二人さん。姉弟仲良く身ぐるみはがされた素っ裸。これからいったいどうするつもりだい」
お銀の問いかけにお小夜は顔を上げると「ぶ、武家に生まれた身でこのような辱め、もはや我慢なりません。どうか弟ともども、ひと思いに首をはねてくださりませ」と唇を震わせる。
「へえ、死にたいっていうのかい」
お銀はわざと驚いたような声を出すと、文之助の方を見る。
「お姉様はそう言っているけど、弟の方はどうだい」
「私も同じでござります。侍の身でこのような辱めを受け、もはや生きていくことは出来ません」
文之助がそう答えるとお銀は「さてさて、侍ってのは大変だねえ。裸にされたくらいで死ななきゃならないなんて」と言う。お銀の言葉に朱美、熊造、そして伝助の三人がどっと笑い声を上げ、お小夜と文之助の姉弟は屈辱に肩を震わせる。
「死なせてあげるのは構わないけれど、これはもうどうでも良いってことかい」
お銀が懐から仇討ちの認可状を取り出し、ひらひらさせると、お小夜と文之助は「あっ」と声を上げる。
「憎いお父上の仇を討たないまま、ここで無駄死にしても良いってのかい」
「そ、それは……」
痛いところを突かれたお小夜は口ごもり、無念そうに顔を伏せる。
「この仇討ちの認可状に書かれている津村って侍がお二人の父上の仇なんだろう。あたしたち、この津村のことをよく知っているんだよ」
「えっ」
お小夜は驚いて声を上げる。
「そ、それはまことでございますか」
「まことも何も、津村が贔屓にしているお桂っていう女郎がうちにいるんだよ。そのせいで月に一回くらい葉桜屋に顔を出すのさ。この前来たのが三週間ほど前だから、あと一週間ほどたったらまた来るかもね」
お小夜と文之助は顔を見合わせる。仇の消息を掴んだ姉弟の顔には今までとは違い、明らかに生気が浮かんでいる。
「仇討ちをやり遂げずに、裸にされたことくらいを恥に思って死にたいってのなら勝手に死んだらいいさ。そうしてあの世で、無念に死んでいったお父上にお詫びを言うんだね」
朱美が追い打ちをかけるようにそう言うとお小夜はすがるような目をお銀に向ける。
「お、お願いがございます」
「なんだい」
お銀が素っ気なく返事をする。
「な、なにとぞお力をお貸しくださいませ」
「仇を討ちたいっていうのかい」
「は、はい。このままでは死んでも死にきれませぬ。どうかお力を」
「そうだねえ」
お銀はわざとらしく腕組みをして考え込む。
「ここで知り合ったのも何かの縁だ。手助けをしてやっても良いよ。二人とも葉桜屋に来て津村が来るのを待つが良いさ」
「あ、ありがとうございます」
お銀の言葉にお小夜の表情がぱっと明るくなる。
「喜ぶのはまだ早いよ」
お銀はそう言ってニヤリと笑う。
「手助けをするのは良いが、あたしたちだって危ない橋を渡るんだ。ただって訳にはいかないね」
209.奴隷のお披露目(9)

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