「さ、お客様に自己紹介しなさい」
義子に叱咤された女は困惑したように顔を逸らせるが、再び青竹で尻を打たれ、さらに義子によって耳元に何事か早口で囁かれると、諦めたように顔を上げる。
「み、皆さま、ようこそいらっしゃいませ。私、この度、森田組にお世話になりましした村瀬美紀と申します。どうぞ、よろしくお引き立てくださいませ」
美紀と名乗った女はそう言うと深々と頭を下げる。
(村瀬美紀……)
町子は驚きに大きく目を見開く。
(さっきの姉弟は村瀬宝石店の社長令嬢と令息と言っていたわ。そうするとこの女は……)
町子がそう思った瞬間、美紀は再び口を開く。
「ご想像の通り、私、四ツ谷にございます村瀬宝石店の社長、村瀬善吉の妻で、先程舞台に登場しました村瀬小夜子と文夫の母親でございます」
「母親だって?」
「とてもそんな風には見えねえ」
「俺は、てっきり少しばかり齢の離れた姉かと思ったぜ」
居並ぶ観客たち――森田組同様、ポルノ写真やブルーフィルムの製作販売を生業としているやくざたちや、岩崎一家の幹部組員たちは、美紀の素晴らしい裸体に興奮して口々にそう言い立てる。
「ちょっと静かにしな。奥さんの声が聞こえねえじゃねえか」
岩崎大五郎がドスの効いた声でそう言い放つと、観客たちはいっせいに口を閉じる。しかしながら再び舞台に向けられた岩崎の顔は明らかな上機嫌であり、岩崎が新しい奴隷にすっかり興味を引かれていることをはっきりと示していた。
「あ、ありがとうございます」
美紀はその場を静めた岩崎に礼を言うと挨拶を続ける。
「ご、ご覧いただきましたとおり、小夜子も文夫もポルノショーのスターしてすっかり一人前に育っております。娘と息子をここまで導いてくださった森田組の皆さまに、改めて厚く御礼申し上げます」
美紀はそう言うと再び頭を下げる。
「と、ところで私、今年で四五歳になりましたが、毎日殿方に抱かれていないと我慢出来ないほどセ、セックスが大好きでございまして、とても夫だけでは満足できないことから、お、思い切って森田組の性の奴隷にさせていただくこととなりました。ちゅ、中年女のむさ苦しい裸をお目にかけ、恐縮でございますが、どなたかご興味がございましたら是非ご指名くださいませ。ショーの終了後に心を込めてご奉仕させていただきます」
美紀はそう言うと再びぺこりと頭を下げる。観客たちからいっそう大きな拍手が美紀に浴びせられ、岩崎もまた相好を崩して手を叩いている。
「とても四五歳なんて齢には見えねえ。さしずめ静子夫人の姉貴分ってところだぜ」
岩崎は美紀夫人の成熟した美貌がすっかり気に入ったのか、隣にいる弟の時造にそんな風に語りかけているのだ。
岩崎の妾の和枝と葉子は、そんな岩崎にまた始まったというような顔を向けながら、しきりに杯を交わし合ってている。
「ねえ、あなたたち、親分があんなことを言っているけど、放っておいていいの?」
順子が不思議そうに尋ねると、二人は「いつものことだから気にしないわよ」とか「そうそう、他の女に目をやるたびにいちいち腹を立てていたんじゃ、きりがないわ」と言いながら、上機嫌で酒をあおっているのだ。
続けてマリと義子は美紀の隣に立つ女のローブとマスクを取り去る。やや下ぶくれの瓜実顔の美貌と、いかにも女らしい柔らかな線で構成された裸身が現れ、観客席から賛嘆のどよめきが起こる。
(やはり……)
その女が思ったとおり先ほど順子の部屋で目にした千原流家元夫人の絹代であることに気づいた町子が、岡田に声をかけようとしたとき、岩崎の隣に座っていた時造が「おっ」と声を上げて身を乗り出す。
「ようこそいらっしゃいませ、わ、私……」
絹代が蚊の鳴くような声でそう挨拶を始めると、先ほど大塚順子とともに絹代たちをいたぶっていた直江が青竹を振り上げ、絹代の形の良い尻に振り下ろす。
「あっ!」
尻を打たれる痛みに絹代が思わず声を上げる。直江と同様に絹代たちを責め上げていた友子が絹代の髪をぐいと引っ張り、「声が小さいんだよ。いつまでお淑やかを気取っているんだっ」と怒声をあげる。
「も、申し訳ありません」
絹代はベソをかきそうな表情で二人の少女に詫びを入れる。その時町子は、絹代と白人女の間に立つ若い娘が顔を口惜しげに歪め絹代の方にチラと顔を向けたことに気づく。
(あの娘はいったい誰なのかしら……)
小麦色の健康的な肌と、しなやかに引き締まった肉体は他の女奴隷たちとは一線を画しているように思える。
(何となく、雅子に似ているわ)
マスク越しに窺える顔立ちも異なるし、雅子の方がずっと色白ではあるが、意志の強そうな目の光やきりっとした表情を見ていると、町子はまるで雅子がマスクをつけられてステージに立たされているような錯覚に陥るのだ。
そんな町子の思いをよそに、舞台上の絹代は懸命に声を高めて、挨拶を再開する。
「ようこそいらっしゃいませ、私、この度森田組のお世話になりました千原絹代と申します。年齢は四二歳、千原流華道家元、千原元康の妻で、すでに森田組にお世話になっております千原美沙江の母親でございます」
絹代の素性を聞いた観客席が再びどよめく。千原流華道といえばその道に暗いものでも名前は耳にしたこともあるほどの名門であり、その家元夫人が性の奴隷として捕らわれているなど、信じ難いものがあったのだ。
その中で岩崎の弟の時造と、その隣りに座る大塚順子だけは満足そうな笑みを浮かべて頷きあっている。そして順子は絹代の方に意味ありげな視線を向けながら、時造の耳元に何やら囁いているのだ。
絹代はそんな二人の淫靡な視線を避けるかのように思わず顔を逸らせるが、たちまち友子に太腿を打たれ、仕方なく前を向く。
「私、元康の妻として病気がちな夫の世話をしておりましたため、千原流の表向きのことは娘の美沙江と、後援会長である折原珠江に任せて来ておりました。し、しかしながらその間、美沙江と珠江が千原流の普及のため、対立する湖月流華道の大塚順子様に対し、卑劣な妨害活動をして来たことを知ったのです」
絹代が声を震わせながらそんなことを告白し始めたので、町子は驚く。
「そんなことってあるのかしら」
町子に聞かれた岡田は「何がだ?」と問い返す。
「千原流が湖月流の妨害をするってことよ」
「ある訳ないだろう」
岡田は苦笑する。
「千原流は歴史と伝統のある京都の名門で、家元令嬢の美沙江がタレント顔負けの人気が有ることから、弟子入り希望はひっきりなしだ。一方の湖月流はみ出しものの前衛華道。湖月流が千原流の妨害をすることはあっても、その逆はありえないさ」
(ということは……)
あの絹代という女性は、娘と後援会長のありもしない罪を認めさせられ、自らの言葉で貶めることを強いられているということか。町子は森田組の計算された嗜虐嗜好に舌を巻く思いになる。
「……その罪を償うため、私、千原絹代は娘の美沙江、および後援会長の珠江ともども、一生、の性の奴隷としてこの身を捧げることを誓ったのです。ど、どうぞよろしくお引き回しのほど、お願い申し上げます」
211.奴隷のお披露目(11)

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