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212.奴隷のお披露目(12)

 絹代はそう言うと深々と頭を下げる。観客たちの歓声がと拍手が、全裸の家元夫人に浴びせられる。
町子も他の観客たち同様、盛んに手を叩いているが、どうして湖月流に対する罪を償うことが、森田組の性の奴隷になることにつながるのかさっぱり分からない。
(要するに大塚順子の湖月流華道と森田組はつながりがあるということか)
町子がそんなことを想像していると、絹代は頭を上げ、涙に濡れた瞳を岩崎の隣りの時造に向ける。
「と、特に岩崎時造様にこの場をお借りしまして御礼とお願いがございます」
絹代はこみ上げる嗚咽に喉を詰まらせながら時造に向かって語りかける。
「こ、このたび娘の美沙江が、時造様の花嫁にしていただいたと伺いました。奴隷の身である娘が時造様のような立派な方の妻にしていただいたこと、母親としてはこの上ない幸せと存じ、厚く御礼申し上げますとともに、ど、どうか美沙江のことを末永く可愛がってくださいますようお願い申し上げます」
絹代が時造に向かって深々とお辞儀をすると、時造は柄にもなく顔を赤らめ、しきりに頭をかく。
千原流家元令嬢が岩崎大五郎の弟であり、岩崎一家の大幹部である時造に水揚げされたということを聞いた観客たちはさすがに驚いたのか大きくどよめく。
町子も岡田も、そして関口も一瞬呆気に取られ、言葉を失う。ひとり石田が例によって女のような声で「こいつは驚きましたな……」と呟く。
「こ、この屋敷で久しぶりに娘と対面し、時造様にどれほど可愛がっていただいているかを娘の口から聞くことが出来ました。一日中時造様の逞しい腕に抱かれて、何度も気を失うほどのか、快感を得ることが出来たと恥ずかしそうに話しておりました。は、はしたない娘と思いましたが、時造様に心から愛されている様子に母親として深く安堵したのでございます」
時造は刀傷が刻み込まれた頬を歪め、相好を崩す。岩崎もまた絹代の言葉にいっそう上機嫌になり、時造の背中を笑いながら何度も叩いている。
その隣りで大塚順子は、さも満足そうな表情を浮かべながら、傍らにいる千代と舞台上の絹代を指さし、笑い合っている
千原流華道の家元令嬢が、広域暴力団組長の弟の妻になる――そんな突拍子もない出来事に町子は驚くとともに、美沙江という人身御供を捧げることによって森田組がすっかり岩崎一家に取り入ることに成功したことを知るのだった。
絹代は時造にじっと視線を注ぎながら続ける。
「そ、それで私、ふつつかな娘を娶ってくださいましたせめてもの御礼と致しまして、本日のショーの終了後、美沙江とともに時造様の寝室へと参りますので、どうかよろしくお願い致します」
そこまで口にした絹代はさすがに耐えられなくなったのか、顔を背けて嗚咽し始める。
(何ですって……)
絹代の申し出に町子は再び衝撃を受ける。
森田組は美沙江だけでなく、その母親である絹代も時造への人身御供に差し出そうというのだ。母と娘を同時にはべらせる――畜生道ともいうべき行為を強いられる絹代と美沙江の絶望はどれほどのものかと想像すると、町子は恐ろしささえ感じるのだった。
「びいびい泣くんじゃないよ。場が白けるじゃないか」
直江が再び青竹で絹代の尻を打とうとするが、義子がすかさず直江の手を押さえる。
「まあまあ、母娘と一緒に時造さんに抱かれることになって、感激しているんやろ。せっかくの白い肌に傷をつけるのも無粋やし、次の舞台も迫っていることや。どんどんいくで」
義子はそう言うとマリと目配せをして、三番目に立つ若い娘のローブとマスクに手をかけ、さっと剥ぎ取る。
見事に引き締まった小麦色の裸身が露わになり、観客たちはまたもどっとどよめきの声を上げる。最初の二人――村瀬美紀と千原絹代の熟れきった裸身とは対照的な瑞々しい裸身がスポットライトに浮き上がり、観客の目はその絶妙なコントラストに釘付けになるのだった。
「み、皆さま、ようこそいらっしゃいませ」
観客の視線が肌に突き刺さるのを感じ、娘はひきつった笑みを浮かべながら口を開く。
「私、山崎久美子と申します。年齢は二一歳。目白にございます○○女子大に通っておりました」
ほう、名門じゃねえかという声が観客たちの中から聞こえる。
「女だてらに柔道を習い、探偵業を営む兄の手伝いをしておりましたが、このたび心境の変化を来し、森田組の女奴隷として再出発することとなりました。み、未熟者でございますが、どうかよろしくお引き立てのほど、お願いいたします」
久美子がそう言って頭を下げると、岩崎が眉を上げ「山崎だと?」と声を上げる。
「探偵で山崎というと、ひょっとしてあの青山の山崎探偵事務所のことか」
岩崎のぎょろりとした目に睨まれ、久美子は思わず気圧されながらも「は、はい」と答える。
「山崎にはうちの組は何度も煮え湯を呑まされたことがある」
それまで上機嫌だった岩崎が顔をしかめ、そう言ったので進行役のマリと義子は顔を見合わせる。
「あの、山崎が何か、親分に不始末をしましたか」
義子がおそるおそる尋ねると岩崎は「不始末なんてもんじゃねえ」と言い放つ。
「これまであいつのせいでうちの組の金庫番を含め、幹部が三人もムショで臭い飯を食うことになった。そのせいで関東への進出が半年は遅れたんだ」
「そりゃあまた……」
義子は当惑げに首を傾げるが「しかし、もう山崎のせいで頭を悩まされることは金輪際ないと思いますよ」と言う。
「そりゃまたどうしてだ」
岩崎はぎょろりとした目で今度は義子を睨みつける。義子はその迫力に内心震え上がりながらも「それは、妹の久美子だけでなく、山崎本人もこの田代屋敷に捕らえているからで」と答える。
「何だと、そいつは本当か」
岩崎のぎょろ目がさらに大きく見開かれる。
「本当です」
マリが横から口を出す。
「もともと森田組と葉桜団は、山崎とは色々と因縁があったんです。山崎の助手の京子がこの屋敷に潜入して、あたしたち、危うく一網打尽になりかけたこともあったんです」
義子が後を続ける。
「その京子も妹の美津子とともに今や森田組の女奴隷。もちろんこの後のショーにも登場します。それで山崎もあきらめたと思っていたんですが、しょうこりもなく、自分の妹を京子と同じように葉桜団に潜入させて来たってわけで」
「同じ手に二度ひっかかるとは、森田組も随分甘いじゃねえか」
岩崎の隣りの時造が顔をしかめる。
「それが、同じ手じゃなくてここに並んでいる美紀夫人と絹代夫人も囮に使ってきたんですよ。まさかこんな上品な奥様たちがそんな大胆なことをするとは、思ってもいなかったんで」
「そいつは確かに驚きだ。おとなしそうな顔をして探偵の真似事とはやるじゃねえか」
岩崎がギョロ目を見開いて驚きの顔を見せる。
「ところが山崎の詰めが甘かったせいで妹ともども目出度く森田組の奴隷になったって訳です」

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