(近親相姦ですって?)
町子は久美子の言葉に衝撃を受ける。
血を分けた兄と妹を無理やり繋がらせるなど、およそ正常な人間が考える所業とは言えない。
しかも山崎探偵とその妹にとって、森田組や岩崎組のやくざたちはいわば仇敵ではないか。その敵たちの目の前で畜生道を強制されるなど、兄妹にとって死にも勝る屈辱と言える。そんなおぞましい行為を承知したと言うことは、やむを得ない理由があるに違いない。
(たとえば、拒絶すると他の人質の身に危険が及ぶとか……)
町子はそんな風に想像する。
捕らえた奴隷が一人きりであれば管理するのが楽かというと、決してそうではない。奴隷が徹底的な不服従を示せば当然のことながら調教は滞るし、孤独な監禁状態の中で奴隷の精神が次第に破綻を来す危険もあり得る。
しかし奴隷が複数になれば、調教の手段にも変化が付けられるし、奴隷の精神状態もぐっと良くなる。実際に町子たちが月影荘に監禁している雪路と雅子の姉妹にしても、最近は調教の合間に、姉妹で雑談を交わしているほどだった。
特に、雪路の場合は盲目なのにもかかわらず闇を異常に恐れていたのだが、雅子と二人ならそういうこともないようだった。
そしてなんと言っても有効なのは、一方の調教の際にもう一方を人質にとるようにして、互いの自己犠牲の精神を引き出すことだった。これは調教される奴隷の心が美しければ美しいほど効果があり、「自分さえ良ければ他の人間はどうなっても良い」と思うような人間に対しては効果が低い。その点、雪路と雅子は容貌だけでなく、育ちがよいせいか気持ちも美しく、奴隷としては申し分がない。
(森田組の奴隷たちも同じみたいね。いや、月影荘よりも数が多い分、自己犠牲の効果はずっと大きいに違いないわ)
それにしても類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。森田組の奴隷たちはみな、この田代屋敷に来るまでも何らかの繋がりがあったようだが、精神も肉体も美しい人間は同様に美しい人間を呼ぶことになるのか。
町子がそんなことを考えているうちに、土下座をしていた久美子は引き起こされ、代わりに右端に立つ金髪の白人女が一歩前に引き出される。
「さて、最後に控えます金髪美人は、森田組にとって、もっとも新しい奴隷でして、入荷仕立てでまだ湯気が立っているような新鮮さでございます」
義子がそんなおどけた口上を述べながらマリとともにその白人女を引き起こし、顔に着けたマスクとローブをさっと剥ぎ取る。
「ああっ……」
悲痛な声を上げる白人女の姿がスポットライトに照らされる。ステージ上に浮かび上がった白磁の裸身と輝くような金髪に観客の目は釘付けになる。
(これは……)
町子もまた舞台に立たされた金髪女の神々しいまでの美しさに度肝を抜かれる。ひょんなことからポルノ業者の岡田と懇ろになり、岡田の仕事を手伝ううちにいわゆる洋ピンと呼ばれる輸入物のポルノなら見飽きるほどになった町子だったが、目の前に立つ白人女のようなモデルにはいまだお目にかかったことはなかった。
いや、その美貌はむしろフランス映画に登場する女優たちを彷彿させるといっても過言ではなかった。
「み、皆さま、初めまして。フランソワーズ・ダミヤ・バルーと申します」
女が多少たどたどしいが、十分聞き取りが可能な日本語で自己紹介を始めたので、観客たちは改めて驚く。
「出身はフランス。パリの大学院で学んだ後、恩師であるドクター・ジャン・バルーと結婚致しましたが、このたび、し、心境の変化を来し、森田組のお世話になり、こ、国際ポルノ女優として再出発することとなりました。どうぞよろしくお引き立てのこと、お願いいたします」
気が遠くなるような羞恥と屈辱に耐えながら口上を述べ終わった女は、軽い貧血を起こしたのか身体をふらつかせる。
「ダミヤさんっ」
隣の久美子が咄嗟にダミヤに駆け寄ろうとする。竹田と堀川がダミヤの身体を受け止めると同時に、マリが手に持った青竹を振り上げ、久美子の背中に打ち下ろす。
「余計なことをするんじゃないよっ」
マリが鋭い叱咤の声を久美子に浴びせる。したたかに背を打たれた久美子は、舞台の上にがくりと膝をつく。
「大変失礼しました。何しろ奴隷になってから間がないもんで。人前で裸を晒すのに慣れてないんですわ」
義子がそんなことを言って観客たちを笑わせる。
ダミヤは竹田と堀川によって両脇から抱えられ、豊満な裸身を観客たちの前に晒しているが、極限の羞恥にガクガクと膝は震えている。
「このフランソワーズ・ダミヤ嬢――いや、人妻ですからドクター・バルー夫人と言うべきでしょうが、ややこしいんでうちではダミヤと呼んでます。そのダミヤ女史は何を隠そう、先ほど登場した遠山静子夫人がフランスに留学していた頃の親友なんでさあ」
ほう、という声が観客席から上がる。
「このダミヤ女史、スイスで結婚式をあげるにあたって静子夫人に招待状を送りはったんですがいっこうに返事がない。親友である自分が結婚するのに梨の礫。祝いもよこさないのはどうしても納得が出来へんと、このダミヤ女史はわざわざ日本にやってきて遠山家を訪ねたところ、静子夫人はとおの昔に男と駆け落ちして家をおん出たと聞かされてびっくり仰天」
義子が面白おかしく語るダミヤの身の上に、観客席から笑い声が湧き起こる。
「もちろん皆さんご存じのとおり、その頃すでに静子夫人はこの田代屋敷で日夜女奴隷としての修行に脂汗を流しておったんですが、そうと知らないダミヤ嬢は静子夫人の手がかりを求めて歩き回り、ついに山崎探偵のところにたどり着いた次第です」
再び山崎の名前が登場したので、岩崎は思わず身を乗り出す。
「その頃山崎は妹の久美子だけでなく、依頼者であり自ら囮を買って出た美紀夫人と絹代夫人の居所もつかめなくなり、手詰まりになってたんですが、そこにダミヤが協力を申し出る訳です。しかし山崎という男、どうも女の母性本能をくすぐるところがあるが、仕事の方はからっきし駄目。案の定森田組におびき出されて二人揃って捕らわれたって訳です」
兄を侮辱された悔しさに、思わず久美子は義子を睨みつける。
「い、いい加減なことを言わないでっ。あなたたたちだってもう少しのところで、兄とダミヤさんに裏をかかれるところだったじゃない。捨太郎が車にぶつかって来さえしなければ、あなたたちは全員今頃警察に捕まっているわっ」
久美子がそこまで口にしたとき、マリが再び青竹を久美子の背中に振り下ろす。
「誰が口を利いて良いって言ったのよ。奴隷は奴隷らしくおとなしくしていなっ」
マリが二度、三度と青竹を揮うと、美紀が久美子に覆い被さるようにしてかばい、絹代が後ろ手に縛られた不自由な格好のままでマリの足下にすがりつくようにする。
「や、やめてください。お願いです」
「久美子さんをこれ以上ぶたないでっ」
マリの振り下ろした青竹が美紀の背中に炸裂し、美紀が思わず「ううっ」と声を上げる。
「奥様っ」
久美子は悲痛な声を上げて美紀の身体の下から逃れようとするが、美紀はそうはさせじとばかりに久美子の身体を押さえ込む。美しい奴隷たちが互いをかばい合う姿を、観客席のやくざたちは陶然とした顔つきで見つめている。
「こりゃあ、さっきの芝居よりよっぽど面白いかも知れないぜ」
岡田が感心したような声を上げる。
214.奴隷のお披露目(14)

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