220.奴隷のお披露目(20)

「そいつはなかなか誠意のこもった詫びじゃねえか」
平田が思わず身を乗り出してそう言うと、大沼が「待て、平田。慌てるんじゃねえ」と制止する。
「ま、まあ詫びを受け入れるかどうかは、おめえが今夜どれだけの誠意を見せるかで決めさせてもらうぜ」
大沼はもったいぶった口調でそう言うと、わざと京子を睨みつけ「いいな」とどすの聞いた声音で付け加える。
「わ、わかっておりますわ」
京子は口惜しさをぐっと堪えながら再びそう答える。
「おいおい、俺の方はどうしてくれるんでい。ひっかけられたのはこっちも同じだぜ」
美津子の放水を顔面にまともに浴びた南原組の木村が、不平そうに声を上げる。
「おめえは助平ったらしく、そのお嬢さんの股ぐらを覗き込んでいるからそんな目にあうんだ」
「そうだ、自業自得ってもんだぜ」
熊沢組の大沼と平田がそう言って嘲笑すると、木村は「なんだと、てめえっ」と言って立ち上がる。
いくらポルノ写真やブルーフィルムといった軟派な商売を生業としているとはいっても、元々はやくざである。ちょっとしたことがきっかけで暴力沙汰になるのは珍しいことではない。
「だ、駄目です。喧嘩はいけませんわ」
舞台上の京子がおろおろした声を出す。
「お美津の粗相についてはこのお京が代わって詫びを入れさせていただきますわ。で、ですから何卒この場は収めてくださいませ」
「てめえが代わりにったって、てめえは今夜はそこにいる二人に詫びを入れるんだろう。俺はそれよりも、こっちの娘に詫びをいれてもらえばいいぜ」
木村はそういって舞台上の美津子を指さす。美津子は恐怖に思わず身を震わせる。
「くだらねえ因縁をつけて、たった一人でその娘を独占しようってのかい。そいつは面の皮が厚すぎるってもんだぜ」
平田が吐き捨てるようにそう言うと、木村は「なんだと、てめえ、もう一度言ってみろ」と語気を荒げて平田に詰め寄ろうとする。
「喧嘩は駄目、駄目ですわ」
京子は再び木村に声をかける。
「ど、どうか三人でお京を可愛がってください。せっかく岩崎親分もわざわざ神戸からいらして頂いている席なのですから、喧嘩をやめてこの、お京の身体で親睦を深めてくださいませ」
岩崎の名前を出された木村と平田はふと我に返り、バツが悪そうな表情になる。
「その女の言う通りだぜ」
黙って成り行きを見守っていた岩崎が口を開く。
「せっかく女たちが色気をふりまいているのに、それを見ている男たちが怒鳴り合うのを聞くのはなんとも艶消しってもんだ。いい加減に双方手打ちとしねえか」
岩崎の言葉に木村は「岩崎親分のおっしゃるとおりで。みっともねえ真似をして申し訳ございやせん」と頭を下げる。
「熊沢組の二人も、いいな」
岩崎がそう言うと平田と大沼は「もちろんでさあ」と頭を下げる。
京子はほっとため息をつく。男たちの諍いが収まったことよりも、妹の美津子に向きかけた矛先を、自分の方に逸らすことが出来たことに京子は安堵したのだ。
京子と美津子の放尿で汚れた舞台の上を掃除するために、いったん幕が閉じられる。すっかりショーに眼を奪われていたそこで町子ははっと我に返る。
「脚本や舞台はドサ周りの田舎芝居そのものだが、出てくる女優が良いとこうも面白くなるもんかねえ」
岡田がう言って首をひねると、関口や石井もまったく同感だといった風に頷く。
「面白いのは時々ハプニングがあるからよ」
「ハプニング?」
町子の言葉に岡田が怪訝そうな声を出す。
「さっき四人の女のオナニーショーがあったでしょう? その中で久美子って娘がいってないのに、いった振りをして他の女を救おうとした」
「ああ、そうだったな」
岡田は頷く。
「演出なら大したものだと思ったんだが」
「あれはやっぱり演出じゃないのよ」
町子はそう言って話し出す。
「今のお京とお美津の排泄ショーにしたってそうよ。先に妹の方が目の前のお客におしっこを引っかけたでしょう」
「ああ。そうだな」
岡田は頷く。
「あの後、姉のお京の方がやっぱりかぶりつきの客二人におしっこを引っかけた」
「そうだが、それがどうしたのか?」
「あれは、姉の方はわざとやったのよ」
「なんだと?」
岡田は驚いて聞き返す。
「何か証拠でもあるのか」
「そんなものはないわよ」
町子は苦笑する。
「ただ、お京は妹が粗相をしたのを見て、そのせいで妹は後で必ず因縁を付けられると思って、咄嗟にそうしたのよ」
「まさか……そんなことまでするかな」
岡田は首をひねる。
「するわよ。仲の良い姉妹っていうのはそういうものよ」
町子は自信ありげに頷く。
「確かに普通ではなかなか出来ないことだけれど、女優が鉄火女のお京に成り切っていればごく自然なことだわ。実際の姉妹が舞台でも姉妹を、それも性格の似た役柄を演じることの意味がそこにあるのよ。姉が妹をかばう気持ちが、ああいったハプニングを生むのよ」
「町子の言うことも分かるような気がするが……森田組にそこまで凝った演出が出来る人間がいるとも思えねえがな」
岡田はまだ釈然としないといった顔つきをしている。
「だからそこはハプニングだって言ったでしょう」
町子は苦笑する。
「まあ、そういったハプニングが起こるのを想定してショーを組み立てているのなら、それはそれで大したものだけど」
「いずれにしてもここまでのショーの展開はなかなかのものだ。しかし、ここまではまだ前座ってところだろう。本格的なものが見られていないからな」
関口がそう言ったとき再び幕が開き、義子の口上が広い座敷中に響く。
「さて、舞台は変わりましてここは女郎屋、葉桜屋の一室。お小夜と文之助の姉弟が敵と狙う浪人、津村清十郎が馴染みの女郎、お桂の元を訪れております」
三味線の音が響き、舞台がスポットライトに照らされる。衝立や行灯が並べられ、いかにも女郎屋の一室といった造りの舞台中央に敷かれた紅い夜具の上に浪人風の髷を結った男がだらしなく足を広げて寝そべっており、襦袢を羽織った若い娘が男の上にうずくまるようにして股間に口を当てている。

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