「お桂もなかなか口の使い方が巧くなったじゃねえか」
男が声をかけると、娘が男の股間から顔を上げ「津村の旦那のお仕込みがいいからだよ」と答える。
「ありゃあ津村じゃねえか」
観客席の時造が驚いたような声を上げる。
「あの馬鹿、実演ショーなんかに出やがって」
苦々しげに吐き捨てる時造に、岩崎が「まあ、良いじゃねえか」と声をかける。
「津村は村瀬宝石店とは色々と因縁がある身だ。その津村本人が村瀬の娘と息子の仇役を演じるってのもなかなか凝った演出だ」
「しかし、あいつは一応うちの盃を受けている身ですぜ」
「堅いこと言うんじゃねえ。森田組にとっちゃこれも大事な稼業だ。まあ、じっくり観させてもらおうじゃねえか」
そう言う岩崎に、時造はいまだ釈然としない顔つきをしていたが、不承不承頷いて前を見る。
「津村、しっかりやれよ」
そう声をかけた岩崎に舞台上の津村はニヤリと笑いかけて軽く手を振ると、娘をぐっと引き寄せて芝居を続ける。
「俺の仕込みのせいじゃねえだろう。お桂が助平なだけじゃねえか」
「助平女なんて……酷いわ。お桂はそんな女じゃありません」
娘は恥ずかしげに首を振る。
「何を言いやがる。生まれつきの男好きが昂じて、大店の跡継ぎ娘の地位も捨てて自分から女郎になった癖に。ええ、遠山屋のお嬢さんよ」
「うん、もう、そんな昔のことは言わないで」
そう言って拗ねたように顔を背ける娘を引き寄せ、津村が娘の唇を吸う。
そんな津村と娘の息のあった芝居を観ていた関口が、ふと思いついたように口を開く。
「遠山屋のお嬢さんってのは、ひょっとして遠山財閥令嬢の遠山桂子のことじゃねえか」
「遠山財閥の令嬢ですって?」
町子が驚いて聞き返す。
「ああ、もしそうだとしたら、一連の誘拐劇のきっかけになった娘だ」
関口は町子の方を向いて説明を始める。
「桂子って娘は、遠山隆義の前妻の娘だが、まだ小さい頃に母親を亡くしたこともあってぐれちまった。そこに葉桜団のズベ公どもが眼を付けて、自分たちのリーダーに祭り上げたんだが、実際はもちろん金づるにしていただけだ」
「そこまでは良くある話ね」
町子は思わず苦笑する。母親の愛情を知らずに育った桂子がある程度屈折したものを抱えるというのはわからないでもない。しかしながら財閥令嬢という立場も忘れて愚連隊の仲間にまで落ちるというのは軽率と言わざるを得ない。
「ところが桂子が調子に乗って仲間の男に手を出したのをきっかけにリンチにかけられそうになり、それを助けようとした継母の静子夫人が誘拐され、次々とミイラ取りがミイラになっちまったって訳だ」
「へえ、それじゃあ、すべてのきっかけを作ったのは桂子ってことじゃない。静子夫人たちも桂子に対しては恨み骨髄ってとこでしょうね」
「聞いた話だとそれがそうでもねえらしい。育ちの良い女は人を恨むってことがあんまりねえのかも知れねえな」
「ふうん、そんなものなのかしら」
町子は首を傾げると改めて舞台上の桂子を見る。
遠山財閥令嬢、遠山桂子演じるお桂はうっとりとした表情で唇を吸われていたが、やがて唇を離すと自ら津村の下半身に覆い被さるようにしゃがみ込み、津村が締めていた褌を解いていく。そして露わになった津村の剛直をさも愛おしげにしゃぶり始めるのだった。。そんな娼婦めいた仕草がすっかり堂に入った桂子の姿を見ていると、それがかつての遠山財閥令嬢だとはとても想像することが出来ない。
「おお、しばらく来ない間にすっかり巧くなったじゃねえか。やっぱりお桂は助平女だな」
「意地悪なことを言うと、こうしちゃうから」
「痛っ。か、噛むんじゃねえっ。男の大事なところを」
津村とお桂のそんなやりとりに、観客たちから笑いが湧き起こる。
「なかなか巧いもんじゃねえか」
酒も入ってすっかり上機嫌になった岩崎は、葉子や和枝といった女たちにそう言って笑いかける。女たちもキャッ、キャッと笑いながら、桂子にしゃぶられながら腰を小刻みに上下させている津村に向かって声援を飛ばしている。
津村の肉棒をしゃぶっていたお桂が、ふと口を離し「ところで津村の旦那。ちょっと気になる話を小耳に挟んだんですけど」と言う。
「こんな時に何だ。色気のねえ話なら後にしねえか」
「いえね、津村の旦那の身の上に関わることなんで、早いとこお話しした方が良いんじゃないかと思って」
「俺の身の上だと?」
津村は不審げな顔になる。
「何のことか想像もつかねえが、とにかく話だけはしてみな」
「津村の旦那はお小夜と文之助って姉弟のことをご存じですか?」
「お小夜と文之助?」
腰の動きを止めた津村は急にそわそわした表情になる。
「さ、さあ、誰のことだか分からねえな」
「あら、変ですね。先方は津村の旦那のことをよくご存じですよ。何せ旦那は憎きお父上の仇ってことらしいですから」
津村は表情を変えてがばっと起き上がる。
「あら、どうしたんですか。津村の旦那」
お桂は怪訝そうな顔で津村を見ると、股間でぶらぶら揺れている肉棒を指先で弾く。
「ここんところも急に小さくなっちまったじゃないですか」
「そんなことはどうでもいい」
津村は声を荒げるとお桂を見据える。
「そ、そのお小夜と文之助という姉弟がいったいどうしたのだ。お桂はなぜその名を知っておる」
「なぜって、二人ともしばらく前からこの葉桜屋で働いているからですよ」
「何だと」
津村は驚愕に眼を見開く。
「お小夜と文之助と言えば、四谷藩の重職である村瀬家の子女だぞ。それがどうしてこんな女郎屋で働いているのだ」
「あら、旦那はやっぱり二人のことをご存じなんじゃないですか」
お桂はクスクス笑い、「大きな声じゃ言えないんですが」と言って津村の耳に口を当てる。
「葉桜屋で女郎と稚児として働けば、その見返りに仇を討たせてやるだと?」
津村は大袈裟に驚きの声を上げる。
「い、いったいこの店は何を考えているのだ。客の命を勝手にだしにしようというのか。け、けしからん」
「そうは言っても、父の敵を討つためなら身を汚してもかまわないと言うんですから健気なもんじゃないですか。そりゃあ誰だって肩入れもしたくなりますよ」
「冗談ではない」
津村は顔を引きつらせながらそう叫ぶ。
221.奴隷のお披露目(21)

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