「勝手なことを言うな。俺にとっては命がかかっているのだ」
「命がかかっているったって、仇持ちって言っても黙って斬られてやる義理はないんでしょう。聞けば文之助の方はまだ前髪の若衆だって言うじゃないですか。女子供二人をそんなに怖がることはないでしょう」
「お桂は何も知らないからそんな呑気なことが言えるのだ」
津村は先ほどとは打って変わって、すっかり真剣な表情になっている。
「村瀬というのは代々の藩主に対して、剣の指南役として仕える家柄だ。そんな家に生まれ、父に鍛えられて育ったのだから二人とも相当の腕前だ。特に姉のお小夜は村瀬藩きっての小太刀の名手なのだぞ」
「へえ、そりゃ大変ですね」
お桂は枕元から煙草盆を引き寄せると煙管を取り上げ、口にくわえて火を点ける。
「それにしたって津村の旦那も、その姉弟から敵と狙われているってことは、その藩の指南役であるお父上を斬ったってことなんでしょう。それなら旦那の腕は指南役以上ってことになりますよね。別に怖がることはないじゃないですか」
「……あ、あれは善之助が酔って千鳥足で歩いているところを、後ろからいきなり斬りつけたから勝てたのだ」
津村が小声でそう言うとお桂は「何ですって」と尋ねる。
「いや、何でもない」
津村は首を振る。そんな津村の様子をお桂は煙草を吹かしながら興味深げに眺めていたが、急にぷっと噴き出す。
「何を笑っておる。わ、笑い事ではないぞ」
「すみません。旦那が真剣なのにからかっちゃって」
「からかうだと? どういうことだ」
津村は顔色を変えてお桂に詰め寄る。
「偽りを申して拙者を愚弄したのか。もしそうならお桂だとて只ではすませんぞ」
「偽りなんかじゃなりませんよ。お小夜と文之助がこの葉桜屋にいるって言うのは本当ですよ」
お桂は笑いながら首を振る。
「でも、葉桜屋を仕切っているお銀姐さんも、森田親分も、二人と旦那を刀で立ち会わせるなんて無粋なことはこれっぽっちも考えてませんよ」
「なんだと?」
津村は怪訝そうな顔つきになって聞き返す。
「せっかく向こうから飛び込んできた上玉ですからたっぷりと手をかけて、上物の女郎と陰間に仕立て上げてこの若葉屋で死ぬまで働かせるつもりだって話です」
「何、この店は武家の子女を女郎と陰間に仕立てるというのか。な、なんと不埒な」
津村は驚きの声を上げるが、お桂がそんな津村の様子をチラと見ながら。「そう言えば、親分と姐さんは津村の旦那にもぜひ手伝って欲しいと言ってましたよ」と言う。
「手伝う? いったい何を手伝うというのだ」
「もちろんお小夜と文之助の調教の手伝いですよ。二人にしても満更知らない仲じゃない旦那に仕込まれる方が気が楽じゃないですかね。もちろんお礼の方はたっぷり弾むってことです」
お桂はそう言うと淫靡な笑みを浮かべる。
「なんと、二人を仇の手で女郎修行させようというのか。親分とお銀はなんと悪辣なことを思いつくのだ」
津村はため息をついて腕を組む。
「さすがの旦那も気が進みませんか? そうなら姐さんには私からお断りしても良いですが」
「断るだと?」
お桂の言葉に津村は眉を上げる。
「とんでもない。拙者を仇と狙うお小夜と文之助を捕らえたというのなら、森田の親分はこの津村清十郎にとっては恩人と言うことになる。その恩に報いるためにも、二人の調教の助太刀、命がけでやらせてもらおう」
津村が芝居がかった口調でそう言うとお桂は呆れたように「そんな大袈裟な話じゃないんですがね」と言う。
「お侍が女郎の仕込みなんて、みっともないと思ったらやめても良いんですよ。どっちにしたってお小夜と文之助は、生きてはこの葉桜屋から出ることはありませんから津村の旦那も安心して良いんです」
お桂はそう言うと津村にしなだれかかり、露わになったままの肉棒をそっと握りしめ、ゆっくりと摩り上げ始める。
「いやいや、みっともないなどと思っとらんぞ。もともと拙者が、お小夜に懸想したことがすべての始まりだ。そのお小夜の身体をたっぷりと味わえることが出来るかも知れんのだ。こんな機会を逃す手があるものか」
そう言ってニヤニヤ笑い出す津村の肉棒をお桂は思い切り握りしめる。
「い、痛いではないかっ。何をするのだ」
「あたしの前でぬけぬけとのろけるからですよ。もう、憎らしい」
「痛いっ。そ、そこは玉だっ。潰れたらどうするのだっ」
観客席が笑いに包まれ、ここでいったん幕が下りる。
「なかなか堂に入った演技じゃねえか。特にあのお桂って役の娘は素人とは思えねえ」
岡田が感心したようにそう言うと、町子は「あの娘、本当に遠山財閥の令嬢なのかしら」と尋ねる。
「関口さんがそう言うからにはそうなんだろう」
「それにしても……その桂子って娘もこの屋敷に誘拐されていることでは、他の女たちと変わりない境遇でしょう。それがあんな風に……」
「すっかり環境に順応しているようだな」
「そうなんですよ」
町子が大きく頷く。
「聞いた話だが、誘拐事件の人質が、ずっと犯人と暮らしているうちに、犯人と仲良くなったりするらしい」
「本当ですか?」
「まあ、誘拐事件ってのはほとんどの場合は身代金が目的で、人質に恨みがあって行うもんじゃないからな。特に遠山財閥令嬢の場合は、もともとは葉桜団の仲間だっていうから、他の女たちとは立場が違うともいえる」
岡田はそう言うと「案外、ご令嬢にとっては堅苦しい遠山家よりは、この田代屋敷の方が住み心地が良いのかも知れねえぜ」と付け加える。
「そんなものかしら。あたしだったら多少窮屈だって、断然、金持ちの家の方が良いけれど」
町子はそう言って首をひねる。
岡田と町子がそんな会話を交わしている間に次の幕の用意が出来たのか、客席の照明が落ち、義子の口上が響く。
「山賊のねぐらから葉桜屋の土蔵に運び込まれたお小夜と文之助姉弟は、葉桜屋お抱えの調教師である鬼の源八、通称鬼源の厳しい調教を受けておりました。姉妹は不倶戴天の仇である津村清十郎を討つまではと、鬼源の手による淫靡極まりない調教に、死んだ気になって耐えているのでした」
そんな奇妙な口上とともにナレーションとともに幕が開く。背景には土蔵とその外の庭が描かれた書き割りが置かれている。
土蔵の中では二本の柱に小夜子と文夫が演じるお小夜と文之助が素っ裸で縛り付けられており、ともに両肢は大きく開かれ、青竹によって固定されている。
お小夜の前には鬼源が、ざんばら頭の鬘を付けて茶碗に入れた酒をすすりながら胡座をかいている。その横には春太郎と夏次郎が演じるお春とお夏が、だらしなく足を崩して座っている。
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