岩崎のごつごつした手で肩を抱かれながら、京子と美津子の千鳥の芸を見せつけられている美紀夫人は、肌が粟立つような恐ろしさを感じる一方で、なぜか身体が熱く火照ってくるのを感じているのだ。
(京子さん……美津子さん……どうして……)
美紀夫人は息子の恋人である野島美津子とは、この田代屋敷に囚われる前にも何度か会ったことがある。
決して恵まれた境遇に育ったわけではないが、その生い立ちに対して卑屈になることもなく、まっすぐな性格をしたきわめて好感の持てる少女である。将来のことを考えるのはまだ早すぎるが、しっかりした美津子と多少頼りないところがある文夫は良い組み合わせではないかと考えており、息子と美津子の交際には反対ではなかった。
美紀夫人の娘の小夜子もまた、美津子に対しては自分の妹のような親しみを込めて接してきたのである。
一方で美紀夫人は京子とは面識はなかったが、親のない美津子を育ててきたのは事実上姉の京子であると認識しており、その存在には一目置いてきたのだった。
京子は大学時代から、妹の学費を稼ぐために時には危険をともなう探偵助手のアルバイトをしており、卒業と同時にそのままバイト先である山崎探偵事務所に就職したという。日頃表に出ることの少なかった美紀夫人は、文夫を介してそんな京子の話を聞くにつれ、その逞しさに驚くとともに、自分にはないものを持った京子に対して憧れに似た感覚を抱いたものである。
その美津子と京子が今、衆人環視の舞台の上で、火花が散るような同性愛プレイを演じているのだ。美紀夫人は目の前に起こっていることがとても現実のことだとは思えなかった。
時造の膝の上にのせ上げられるようにして抱かれている絹代夫人も同様だった。夫人は京子と美津子の姉妹とはまったく面識がなかったが、姉妹が陥った性の地獄に、愛する娘の美沙江や千原流華道後援会長である珠江夫人も堕とされていると考えると生きた心地がしなかった。
絹代夫人は二人とともに大塚順子から人間花器の調教を受けており、人間の尊厳を根こそぎ奪われるような調教の辛さは身に沁みていた。しかしながら、これまでごく正常な人間関係を気づいてきたもの同士が肉の繋がりを強制される恐ろしさは、想像しただけで全身が瘧にかかったように震え出すほどだった。
ましてそれを現実に目撃させられることの衝撃は、文字通り筆舌に尽くしがたい。
恐怖に粟立つ絹代夫人の肌を時造が隠微な手つきで撫で回しながら、不気味な口調で耳元に囁きかける。
「どうだい、美沙江のお袋さんよ。随分興奮するショーだと思わないかい」
恐ろしさに身を固くしている絹代が時造の問いかけに答えずにいると、時造は口元を歪めて絹代の尻を軽く叩く。
「せっかくああやって熱演してくれているんだ。せいぜい楽しもうじゃねえか」
「は、はい……」
絹代が唇を震わせながらようやくそう答えると時造は嬉しそうに破顔する。その顔がむしろ不機嫌そうに黙っているときのものよりも恐ろしく感じた絹代は、危うくヒッと声を上げそうになる。
「やっと口を利いてくれたじゃねえか。嬉しいぜ。俺も美沙江のお袋さんに嫌われたくはないからな」
時造はそう言うと声を上げて笑う。
そんな時造と絹代のやりとりを千代や順子、そして岩崎の妾である葉子や和枝といった女たちが興味津々といった面持ちで眺めている。絹代は恥ずかしさのあまり身体を隠したくなるような衝動に駆られるのだった。
舞台上では京子と美津子演じるお京とお美津が、いわゆるシックスナインの体位を取らされ、舌を伸ばして互いの秘部を愛撫し合っている。ピチャ、ピチャという猫がミルクを嘗めるような音が響き渡り、観客たちは声もなく姉妹の淫靡極まりない絡み合いに目を奪われているのだ。
「奥さんはこれまで、こういったショーは見たことがあるのかい」
「い、いいえ」
時造の問いかけに絹代が首を振ると、隣の岩崎が声を上げて笑う。
「当たり前じゃねえか、時造。上品な華道の家元夫人が、こんなショーを見に行ったことがあるわけねえだろう」
「あら、あたしは見たことがあるわよ」
大塚順子がニヤニヤ笑いながら口を挟む。
「そうか、あんたも華道の家元だったな」
「あんたもってのは余計でしょう。湖月流の前衛華道は、女体と花の美しさの調和を目指すものだから、当然女体美への探求は怠りないわ。お屋敷の中に閉じこもって花だけを弄くり回している千原流とは違って、ストリップの生板ショーでも、レズショーでもどんどん見に行くわよ」
「そりゃ勉強熱心なことだ」
順子の熱弁を岩崎は苦笑混じりで聞いている。
「それでも、ここほどスターが揃っているショーは初めてだわ。出てくる女がどれも女優並みの美人揃いなんだもの」
「レズショーも良いけど」
岩崎の妾の葉子が口を挟む。
「いくら綺麗でも女ばかりじゃそろそろお腹いっぱいだわ。さっきの美少年はもう登場しないのかしら」
「この後出るんじゃないの。小夜子って言う姉と一緒に」
和枝がそう言ったとき、岩崎に抱かれている美紀夫人が思わずブルッと裸身を震わせたので、和枝は「あら、ごめんなさい。あの二人は奥様の娘と息子だったわね」と笑う。
「そう言えば、奥様に是非聞きたいことがあったのよ」
葉子が興味津々と言った顔つきで美紀に話しかける。
いったい何を聞くつもりなのかと、美紀夫人の表情が不安に陰る。
「奥様は娘と息子を助けるために、そこの家元夫人と、山崎って探偵の妹と一緒にこの屋敷に潜入したんでしょう」
「は、はい」
美紀夫人が頷くと和枝が「大した行動力だわ。とてもお淑やかな社長夫人とは思えないわ」と笑う。
「それで、その時、どんな風に思ったの?」
「その時って……」
「決まっているでしょう。愛する子供たちがポルノショーのスターに仕立て上げられていると知った時よ」
あまりのことに美紀夫人の顔が強ばる。
「おいおい、社長夫人に向かって何てことを聞くんや」
岩崎がたしなめると、葉子は「あら、今までは社長夫人だったかも知れないけど、今はただの女奴隷でしょ」と言って口を尖らせる。
「その上、他の奴隷たちに比べても随分とうが立っているわ。そちらの家元夫人もそうだけど。その女に比べればあたしたちの方がずっと若いわよ」
葉子はそう言うと和枝に向かって「ねえ、和枝さん、そうでしょ」と同意を求める。和枝は苦笑しながら「そうね」と頷く。
「確かに年齢はお前たちよりも上かも知れないが、肌の張りや艶はお前たちとは比べものにならん。育ちの良さも含めると女の値打ちとしては、お前たちはこの奥さんの足元にも及ばんな」
岩崎がそう言い放つと葉子は「まあ、随分ね」と言って顔を強ばらせる。
「そんなことで対抗意識を燃やしても仕方がないわよ」
和枝はそう言って笑うとハンドバッグから煙草を取り出し、一本口に咥えると「ほら」と美紀夫人に突き出す。
241.奴隷のお披露目(41)

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