262.男と男(2)

「だってあんな色っぽい格好でやってくるんだもの。押し倒したくなるのも無理はないでしょう」
 和枝はそう言って一同を笑わせる。友子や直江までが客の女たちに混じって笑っているのを見た義子が顔をしかめる。
「あいつら、何を考えてるんや。ここは止める立場やろ」
「後でゆっくりヤキを入れてやりゃあいいよ。それより進行役を頼むよ」
 銀子の言葉に義子は頷くと片手に鞭代わりの青竹の棒を持ち、一歩前に出る。
「お待たせしました、皆さま。森田組の男奴隷二名をご紹介します」
 義子がそう告げると、山崎と文夫が銀子と朱美によって改めて女たちの前に引き立てられる。
「気をつけの姿勢で立つんだよ」
 銀子が二人の男の尻を順に平手打ちする。
 山崎は猿轡をかけられた顔を口惜しげに歪めながらも、命じられるまま背筋を伸ばす。文夫もまた少女のように長い睫毛を屈辱に震わせながらも直立不動の姿勢で立つ。
「ご覧下さい、向かって右側に立つのはわが葉桜団と森田組にとって不倶戴天の敵とも言うべき、山崎探偵です」
 美子はそういいながら手に持った青竹で山崎の尻をパシッと叩く。
 葉子が「へえ、この男がそうなの」と言って身を乗り出す。
 世間を騒がす大事件を、警察を尻目に解決に導いた若き名探偵として知られる山崎がこの屋敷に捕らえられ、素っ裸で監禁されているとは――話には聞いていたが実際に目の前で全裸で立たされている山崎の姿を目にした女たちは、一様に信じられないといった表情を見せるのだった。
「山崎探偵は長い間、わが葉桜団と森田組に対して敵対行動を取ってきました。しかしながら助手であり恋人でもある京子が我々の手に落ち、妹の美津子共々ポルノスターに仕立てられ、そればかりでなく妹の久美子まで我々によって捕らえられ、ついに白旗を揚げることとなったものであります」
 義子がそんな奇妙な口上を述べながら山崎の肉棒を青竹で突つくと、千代、順子、和枝、葉子といった女たちがどっと笑いこける。
 友子と直江までが大口を開けて笑っているが、一人、岡田の連れである町子だけが釈然としないと言った表情を見せている。
「さて、無条件降伏した山崎探偵は森田組および葉桜団に対する賠償行為として、自らも妹の久美子共々森田組お抱えの実演ポルノスターとしての第二の人生を歩むこととなったのです。今夜のショーがそのデビューとなり、山崎探偵はそこで妹の久美子と近親相姦ショーを演じることとなりますが、本人がぜひショーをご覧頂くご婦人方にご挨拶をしたいと申しますので、ここに参上させた次第です」
「それは良い心がけだわ」
 早くも酒が回っているのか、赤い顔をした千代がニヤニヤ笑いながら頷く。
「山崎探偵はあの静子の、義理の兄の友人でもあるのよ。そんな男が実の妹と近親相姦ショーを演じることになるなんて」
 そこまで言った千代が何かを思いついたような表情になると
「これはぜひ、静子にも見せてやらないともったいないわ。元々は静子が、桂子とその友達のもめ事を大袈裟に騒ぎ立てて山崎探偵事務所に持ち込んだからこちらの探偵さんやその妹が悲惨な目にあうことになったのよ。自分の浅はかな行動がどう言う結果を招いたか、あの女に改めて思い知らせてやらなきゃ」
 千代がそんなことを一人でベラベラ話し始めるのを、他の女たちはさすがに困惑した表情を向けている。千代の饒舌がひとしきり止んだところで再び義子が口を開く。
「続きまして、向かって左側に立つのは皆さますでにご存じ、村瀬宝石店社長令息、村瀬文夫君でーす」
 義子が戯けた口調でそう言うと、マリが「さっ、しゃんと背筋を伸ばすのよ」と文夫の尻をパシッと平手打ちする。文夫は顔を上げ、涙に濡れた目を前に向ける。
「まあ、恥ずかしくて泣いているのね。可愛いわ」
 文夫の肉体美に見とれていた和枝がうっとりとした声を上げる。
「文夫君は隣に立つ山崎探偵の恋人である京子の妹、美津子の恋人。ちょっとややこしいですがこの二人の男は姉妹の姉と妹を恋人にもっているということになります。つまりはその二つの恋が順調に進めば、二人は義理の兄と弟になったという縁の持ち主です」
 義子の解説に女たちは「へえ、そうなの」と感心したような声を上げる。
「文夫君はその美津子がかけた救いの電話に引き寄せられ、姉の小夜子嬢共々この屋敷の虜となったのです。わが葉桜団は団の掟を破った桂子とその義理の母親の静子、また我々を騙して団に潜入した京子とその妹の美津子とは違って、小夜子嬢と文夫君については何の恨みもなかったので、二人については身代金と引き替えに解放する予定でした」
 そこまで言った義子は山崎の方をちらと見ると、
「しかしながら取引の現場に向かったところ、村瀬宝石店の意向を受けたこの山崎探偵が、官憲とともに汚い罠を張って待ち構えていることがわかったのです」
 と続ける。
「まあ、何て卑劣なの」
 順子がわざとらしく呆れたような声を上げる。
「人を疑うことを知らないやくざを陥れようとするなんて、卑怯な男ね」
 葉子もまたそう相槌を打つ。
「多くの犠牲を出しながらも、我々はすんでのところで最大の危機を回避することが出来ました。そこで我々は当初の予定を変更し、小夜子嬢と文夫君の姉弟には自らの身代金をその肉体で稼がせることとしたのです」
「姉の小夜子嬢についてはかつて父親の会社から宝石を横領した津村氏によって処女を奪われただけでなく、二度と社会復帰が出来ないようヌード写真をすべての交友関係にばらまかれるという手段がとられました」
「文夫君については恋人の美津子とコンビを組まされ、互いに童貞と処女を奪い合うという凄まじいショーを演じさせられただけでなく、その一部始終を撮影した秘密映画が大量に販売されるということになりました」
 まあ、悲惨だわとか、可哀想にといった声が女たちの間から上がる。
「最初のうちはしばしば反抗の意思を示していた文夫ですが今やすっかり諦め、もとい、心を入れ替え、森田組のために姉共々実演ポルノスターの道を歩んでいくという決意を固めております」
 そこで義子は改めて観客である女たち方を見ると
「村瀬家の哀れな姉弟をこのような悲惨な目にあわせる原因を作った山崎探偵もまた、二人と同様に実演ポルノスターになるのは当然の義務であり責任だと思いますが、皆さん、いかがでしょうか」
 と声を張り上げる。
 賛成、とか、その通り、と言った声が女たちから湧き起こった時、町子が手を上げて口を開く。
「あの、ちょっと確認したいのだけど」
「はい、何でしょうか」
「山崎探偵っていえばあの明智小五郎の再来と言われた名探偵でしょう」
「その通りです」
「そんな名探偵ならさぞかし警察関係にだってコネを持っているんじゃないの。そんな男を誘拐しちゃって大丈夫なの」
「そのことならご心配なく」
 義子はニヤリと笑って頷く。
「この山崎探偵はもともと警察とは距離を置いて、いわば一匹狼の立場で依頼された事件解決にあたってきました。小夜子嬢と文夫君の身代金受け渡しの際に警察と連携したのは、村瀬宝石店側の強い意向があったからで、山崎氏としては決して本意ではなかったということが、妹の久美子の証言からも判明しております」
「要するに山崎探偵が世の中から消えていなくなったとしても、警察が本格的に調査をするなどと言うことは、まずあり得ないのです」

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