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267.晒しもの(4)

 銀子に強いられた絹代夫人もまたぎこちなく男を誘い始めると、良い気持ちに酔った関口や石田がふらふらと立ち上がり、夫人の方に引き寄せられる。
 隣の席の岡田がそわそわと落ち着かない様子を見せ始めたので、町子は
「あんたも行って来たら」
 と声をかける。
「いいのか」
「何を遠慮しているのよ。商売でしょう」
「そ、それじゃ」
 岡田はそそくさと立ち上がると、絹代の方に向かう。
 二人の美夫人の肉体に男たちが群がっているのを苦笑しながら眺めている町子に、銀子と朱美が近づき、声をかける。
「町子さんとおっしゃいましたよね。ご一緒させて頂いていいですか」
「どうぞ」
 町子は二人が、先ほど舞台に登場した女郎役を演じていた女たちだということに気づく。
「私、銀子と言います。こっちが朱美」
 朱美と呼ばれた赤毛の女がぺこりと会釈をする。
「町子です。よろしくお願いします」
「隣に座っても良いですか」
「もちろん」
 町子が頷くと、銀子が町子の隣に、そしてその横に朱美が座る。
「水割りを二杯作ってちょうだい」
 銀子がバーテンを勤める五郎という男に告げると、五郎は「わかりました」と返事をし、グラスに氷を入れてウィスキーを注ぐ。
 五郎の態度を観察していた町子は、銀子と朱美という若い女がここではそれなりの地位を占めていることを理解する。
「町子さんは岩崎親分とはお知り合いなんですか」
「いえ、今日が初対面です」
「随分親しげにお話をしていたようですが」
「親分が私が勤めている旅館に泊まったことがあったと言うことで、そこで少し昔話になっただけですわ」
「旅館に勤めているって、町子さんは仲居さんなの」
 朱美が尋ねる。
「確かに一時は仲居のような仕事をしていたけど、今は違いますわ。何て言ったらいいのかしら……」
 町子はしばらく思案するような表情になっていたが、やがて口を開く。
「そう、あなたたちと同じような仕事と言った方がわかりやすいかも知れないわ」
「私たちと同じって?」
 銀子と朱美は怪訝そうな顔つきになる。
「女を調教して、商品にすることよ」
「あ……」
 二人は驚き、すぐに納得したような表情になる。

 銀子と朱美、そして町子はすっかり打ち解けて、楽しげに話し合っていた。
 年齢は町子の方が上だが、三人ともこれまでの人生でそれなりの辛酸を嘗めて来たことは共通している。
 それがたまたま銀子と朱美は遠山財閥の静子令夫人、町子の場合は月影荘の跡取り娘の大月雪路に巡り会ったことで一変し、それまでは考えられなかったような贅沢な人生を送れるようになったのだ。
 ある意味、静子夫人は銀子や朱美と言った葉桜団の女たちには恩人であり、町子にとっての雪路と雅子姉妹もそうである。
 同じような境遇にある三人の女は、調教談義に花を咲かせている。
「それにしても伊豆の温泉旅館で暮らしてるなんてうらやましいわ」
 水割りの酔いに目元を赤くした朱美がそう言うと、町子が「旅館っていっても、もう客は取っていないのよ。ポルノフィルム撮影のスタジオとして使っているだけ」と笑う。
「尚更良いじゃない。酔っ払いの客の世話をしなくて良いってことでしょう」
 銀子が笑う。
「しかしその姉妹の父親も、娘のために残した旅館がまさかそんな風に使われるなんて想像もしていなかったでしょうね」
「それが、ただの旅館じゃないのよ」
 町子が口元に意味ありげな笑いを浮かべながらそう言うと、朱美は身を乗り出して「どう言うことなの」と尋ねる。
「二人の父親の大月剛造は元陸軍の将校で、戦争中にいざ本土決戦となったときには近辺の男たちを招集して戦うつもりだったの。その時、命令に服従しない者を収容するため、旅館の地下に牢屋を作っていたのよ」
「まあ」
 銀子と朱美は同時に噴き出す。
「時代錯誤な男ね」
「はた迷惑だわ」
 銀子と朱美は口々に、口々に剛造を罵倒する。
 確かに剛造の行動は今から見れば滑稽だが、当時としては大真面目であり、その行動はむしろ軍人の鑑としてもてはやされたことだろう。
 自分の父親が知らない場所で嘲罵の対象となっている――それを知れば、雪路と雅子はどんな思いになるだろう。そう考えると町子は痛快な気分が込み上げてくるのを感じるのだった。
「それにしても、父親が作った牢屋に閉じ込められるなんて、皮肉なものね」
「可愛い娘のために残した財産に縛り付けられているってことね」
「でも、その剛造って男と岩崎親分が釣り仲間だったことがきっかけで、親分が月影荘に立ち寄ることになったんだから感謝しなきゃいけないわ」
「それはそうね」
 銀子は笑う。
「でも、雪路と雅子にとってはそれが恥の上塗りのきっかけになるかも知れないわね」
「つくづく迷惑な父親だわ」
 朱美もまたおかしそうに笑う。
「それにしても、私の方こそ羨ましいわ。いったいこの屋敷には何人奴隷がいるの」
「そうねえ」
 銀子が指を折って数え出す。
「遠山財閥の静子夫人と義理の娘の桂子、京子と美津子の姉妹、小夜子と文夫の姉弟、千原流家元令嬢の美沙江と後援会長の珠江夫人――ここまでで何人になる?」
「八人よ」
 朱美が答える。
「それに加えて、新しく入荷した山崎探偵と妹の久美子、美紀夫人と絹代夫人、それとダミヤの五人。合計で一三人ってところかしら」
「すごいわね」
 町子は感心する。
「それだけいればショーの組み合わせも自由自在ね」
「そうなんだけど……男役者が少ないからどうしてもレズが中心になっちゃうのよ」
 銀子がそうこぼすと、朱美が「あら、その方が綺麗で良いじゃない」と口を挟む。
「朱美はそれで良いでしょう。自分がレズなんだから」
「男も全然駄目って訳じゃないわよ」
 町子はそんな銀子と朱美のやりとりを聞きながらどこかで聞いた会話だと苦笑する。

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