「あら、気軽に答えてくれていいのよ。賭けもお遊びなんだから」
「お客様はちゃんと賭けに乗ってくれたのよ。それともお上品な遠山財閥の若奥様は、そんな馬鹿馬鹿しいことには付き合っていられないということかしら」
「そ、そんなつもりじゃありませんわ」
そう言う銀子の目がキラリと光ったので、夫人は慌てて首を振る。
「それじゃ答えなさいよ。誰が勝ったと思うのか」
「は、はい……」
夫人は哀しげに眉をひそめながら考える。
夫人の脳裡に、桂子、美津子、そして美沙江の三人が衆人環視の中で破廉恥な芸を強制されている光景が浮かぶ。
三人は田代屋敷の奴隷の中でももっとも若い女たちであり、特に美津子と美沙江はいまだ未成年である。
そのような若さで輝かしい未来を奪われ、性の奴隷の境遇に落とされたことの悲惨に、静子夫人は胸が潰れるような思いになる。
一連の誘拐劇のきっかけを作った桂子については、他の奴隷の中には自業自得と見る者もあった。しかしながら静子夫人は、遠山の前妻の娘である桂子が不良少女の仲間となったのは、自分が遠山と結婚したことも一因となっているという思いがあり、罪悪感から免れることが出来なかったのである。
「そんなに真剣に考えていてもしょうがないでしょう。お遊びだって言ったでしょう」
朱美がそう言うと、銀子が
「見事的中させたら、奥様の望みを何でも一つ、叶えてあげても良いわよ」
と付け加える。
「えっ」
静子夫人が顔を上げて銀子を見る。
「もっとも、ここから逃がしてくれとか、誰々を解放してくれっていうのはなしだけどね」
「は、はい……」
夫人の顔がいっそう真剣みを帯びる。
いったい誰だろう。桂子、美津子、美沙江の三人――。
(一番経験が多いのは桂子かしら)
田代屋敷のる女奴隷の中で人妻である静子夫人や珠江夫人たちを除くと、男性経験があったのは桂子だけである。奴隷としての経験も静子夫人と並んで長い。
美津子はどうか。
囚われたときはもちろん処女である。森田組のチンピラの中では、同年代の美津子の人気が高い。しかしながら美津子を清純派として売り込もうとしている田代や森田は、チンピラたちが美津子に手を出すことを固く禁じている。
また一時、美津子を女にすることを認められた吉沢も、いざというときに常に邪魔が入り、ものにすることが出来ていない。結局美津子の男性経験は恋人でありショーのコンビでもあり文夫だけということになる。
(それなら、美津子さんが勝ったとは考えにくいか……)
静子夫人は想像する。
しかしながら美津子は時に、その清純そうな風貌からは想像できないような大胆さを示し、嗜虐者がたじたじとなるほどだという。そうであれば、美津子が負けたと断定することも出来ない。
美沙江はどうか。千原流華道の後継者として、まさに箱に入った人形のように大事に育てられてきた美沙江である。誘拐された時点ではもちろん処女であり、男性経験はその処女を奪った時造だけの筈である。
それなら、美沙江は勝利者の候補から外しても良いか。
(いや、そうとばかりは言えないわ)
美沙江は折原珠江とともに、大塚順子から「人間花器」の調教を受けているという。女の道具を花壺代わりにするという汚辱の調教は、静子夫人自身も順子から施されたことがあるが、女と生まれたことを後悔するほどの酸鼻なものである。
しかしながら女の筋肉で花を支えるための調教は、卵割りの調教と鍛える箇所は基本的に同じである。したがって順子による美沙江の調教が進んでいれば、勝者は美沙江であルカも知れない。
結局誰が勝ってもおかしくないのだ。静子夫人は迷い、さらに勝者と指定することがその対象を辱めるような気がして戸惑う。
「いつまで考えているのよ。いい加減にしなさいよ」
朱美は苛々した声を上げると腕時計を見る。
「あと5秒で答えないと失格よ。5、4、3……」
「ま、待って」
静子夫人は小さな悲鳴を上げる。
「こ、答えますわ。ですから待って」
「じゃあ早く答えなさい。誰が勝ったと思うの」
「……け、桂子さん」
「何ですって」
銀子がわざとらしく耳に手を当てる。
「聞こえなかったわ。誰が勝ったって言ったの」
「桂子さん、桂子さんが勝ったと思いますわ」
「聞いた、桂子だって」
銀子は朱美と顔を見合わせるとプッと吹き出す。
(外れたのだろうか)
静子夫人の顔が不安に曇る。銀子がニヤリと笑って静子夫人を見る。
「どうして桂子が勝ったと思ったの」
「どうしてって……特に理由はありませんわ」
「嘘おっしゃい。あんなに一生懸命考えていたじゃないの。聡明な奥様が理由もなく答えるなんてあり得ないわ」
銀子が意地悪く夫人に詰め寄ると、朱美もまた口元を歪めながら「三人の中では桂子が一番淫らな女だと思ったんじゃないの」と尋ねる。
「そ、そんなことはありません」
「やっぱり継母が娘を見る目ってそうかも知れないわね」
「もともと静子夫人も、桂子の不行跡のとばっちりを受けたようなものだからね」
「違いますわっ」
静子夫人は悲鳴のような声を上げる。銀子と朱美は夫人の剣幕に驚いて目を見開く。
「……違います。け、桂子さんのことをそんな目で見たことはありません」
静子夫人がべそをかきそうな表情をしているのを見た銀子と朱美は少々やりすぎたと思ったのか、顔を見合わせて苦笑する。
「ごめんなさいね。ちょっと苛めすぎたわ」
銀子がそう言うと、静子夫人は顔をあげる。銀子は涙に濡れた静子夫人の黒い瞳に、背筋がぞくりとするほどの色気を感じるのだ。
「勝負の結果だけれど」
朱美はそこで銀子の顔をちらと見る。銀子が頷いたのを確認した朱美は後を続ける。
「さすがは奥様ね。予想の通りだわ」
「そ、それじゃあ」
「桂子の勝ちよ。こう言うときはやっぱり、勝負度胸がものを言うわね。こちらもさすがは遠山財閥のご令嬢ってところかしら」
「ちなみに最下位になったのは誰だと思う?」
銀子がそう尋ねると静子夫人は小声で「美沙江様では……」と答える。
「その通りよ」
銀子はニヤリとして頷く。
270.檻の中(2)

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