「さすがに静子夫人ね。悦子をあっという間に昇天させちゃったのには驚いたわ」
「悦子がそれだけ静子夫人に惚れていたってことじゃない」
地下から一階に向かう階段を昇りながら、銀子と朱美はそんなことを言いながら笑い合っている。
そんな二人のズベ公に一歩遅れてついていく町子も、今しがた目撃した静子夫人の鮮やかな技巧に興奮が冷めやらない。
銀子の言うとおり、静子夫人は舌と指先を巧みに使って悦子を責め立て、瞬く間に絶頂へと導いたのである。
淫らな鬼と呼ぶにふさわしい静子夫人の振る舞い――高貴な容貌の夫人のどこにそんな相反した存在が潜んでいるのか。町子は理解に苦しむばかりであった。
「しかし感激のあまり失神してしまうなんて、悦子も純情なところがあるわね」
銀子がそう言うと朱美と声を上げて笑い合う。
「悦子は結局どうするの」
「そうだねえ」
朱美の問いに銀子は思案気に首を捻る。
「しばらく静子夫人の檻の中で休ませてやればいいわ。それから、改めてみんなの前で詫びを入れさせる。その後は元通り、あたしたちの仲間に戻してやればいいよ」
「大丈夫かねえ」
「いい加減懲りただろう」
銀子はそう言いながらポケットから煙草を出し、一本取り出すと口にくわえる。
「もしもう一度裏切るようなら、それこそこの屋敷の庭に死体が一つ埋まる事になるだけだよ」
そんな銀子の冷たい声に、町子は背筋がぞくっと逆立つ思いがする。銀子は町子の方を振り向くと「町子さんのおかげで悩みが一つ解消されそうだわ。どうもありがとう」と話しかける。
「え、ええ……でも、殺すってのはあんまりおすすめできないわ」
「もちろんよ。あたしたちだってそんなことはしたくないわよ」
銀子は手を振って否定する。
「人殺しなんてとうてい割が合わないわ」
「それなら良いけど」
そんなことを話しながら三人は階段を上がり、一階の廊下を歩く。
「だけど時々、このままいくと最後はどうなるのかと考える事があるわ」
朱美がそう言うと、銀子が「どういうことよ」と問い返す。
「考えてもご覧よ。あたしたちが日本橋の三越の前で静子夫人を誘拐してからまだ一月もたっていないのよ。それがもう奴隷の数は一三人。静子夫人は人工授精を受けて妊娠までしている。一年後、二年後はどうなっているのかと考えると何だか恐ろしくなるのよ」
銀子は「朱美も弱気ねえ」と苦笑する。
「あたしはちっとも恐ろしくなんかならないよ。人生は太く短く、せいぜい楽しく過ごすってのがあたしの信条さ。これまであたしたちを見下していた上品なご婦人やご令嬢たちを素っ裸にひん剥いて、思うままに苛め抜くって言うのは最高に楽しいね。これを続ける事が出来るのなら、一年後、二年後に死ぬことになったって後悔しないね」
銀子はそう言って笑うのだ。
三人はやがて一階から二階へと上がり、階段の脇にある一室の前に立つ。
「町子さん、悦子の件のお礼ってことでもないけれど、いいものを見せてあげるわ」
「いいものって?」
「見れば分かるわよ」
銀子はそう言って意味ありげに笑うと、部屋のドアをノックする。
「はあい」
部屋の中から妙に甲高い声がする。扉が開かれ、化粧をした男がいきなり顔を出したので町子は驚いて声を上げそうになる。
「なんだ、銀子さんか」
男は銀子の顔を見て頷くと、次に町子の方を見る。
「こちらは?」
「関口さんの知り合いで、町子さんって言うんだ」
銀子に紹介された町子は「初めまして、よろしくお願いします」と頭を下げる。
「ああ、岡田さんの連れの人ね」
男が納得したように頷く。
「岡田をご存じなんですか」
「ご存じなんて大層なもんじゃないけど、この世界は狭いからね」
春太郎は意味ありげに笑うと「あたしは春太郎って言うんだ。といっても、さっきまで舞台を見ていたならいまさら自己紹介でもないけどね」と言う。
「ちょっと中の様子を見学させて欲しいんだよ」
「見物料は高いわよ」
春太郎はニヤリと笑う。
「なんてね、冗談、冗談。岡田社長の連れなら歓迎よ。入って」
春太郎は扉を開き、銀子、朱美、そして町子を招き入れる。
部屋の中に足を踏み入れた町子は、視界に飛び込んできた淫虐な光景に思わず棒立ちになる。
部屋の中央には大きなベッドが置かれ、その上には全裸の若い娘が両肢を極限まで開かされ、足首を青竹に固定された姿で横たわっている。
町子がさらに驚いた事には、娘の股間が天井の滑車から垂れ下がったテグス糸のようなものに繋がれていることだった。ベッドには全裸の男が腰をかけ、テグス糸の端を手に握ったままで娘にフェラチオを強要しているのだ。
「ほらほら、そんな甘っちょろいやり方じゃ男は満足しないよ。もっと気を入れてやるんだよ」
男は娘をそう叱咤すると、娘の頭を掴んで自らの股間にぐっと押し付ける。
「ううっ」
娘が苦しげに呻き、男が突然「痛っ」と声を上げる。
「歯を立てちゃ駄目だっていっただろう。何度言ったらわかるのよっ」
男は怒声をあげると手にしたテグス糸をぐっと引く。途端に娘は「ヒイッ」と悲鳴を上げ、口に含んだ男の肉棒を吐き出す。
「い、痛いっ、痛いわっ」
娘は裸身を激しく痙攣させながら絶叫する。娘の顔がこちらに向いたことで、町子はそれが昼の部のショーに登場した久美子という娘だということに気づく。
「久美子は夜の部の主役の一人だからね。お夏と一緒に最後の追い込みの特訓をしているところなのよ」
春太郎は町子にそう笑いかける。
「ああ、お夏は夏次郎といって、あたしの相棒よ。さっきの舞台にあたしと一緒に出演していたから
「ああやってお夏にフェラチオさせながら糸吊りにしたクリスを鍛える。それが済んだらイタリア式の特訓をしながらアヌスを鍛える。夜の部の開始まで休みなく調教しなきゃならないんだから、こっちも楽じゃないわ」
「イタリア式って何なの?」
「それはここでの呼び方で、男の肛門を舌で愛撫させるテクニックのことよ」
春太郎がそう答えると朱美が「相手は別に女でもいいんだけどね」と口を挟む。
「ちなみにそれに対して、フェラチオのことをフランス式って呼んでいるのよ」
「それじゃあの久美子って娘に、あなたたちのその……お尻の穴を愛撫させているというの」
「最初はかなり逆らったけどね。まあ確かに、お夏なんか痔持ちだから、舌で嘗めろって言われても抵抗はあるわよね」
春太郎は笑いながらそう言うのだった。
273.檻の中(5)

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