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286.無残千原流(2)

「わ、私たち、千原流華道は……」
 美沙江が口を開くが、たちまちこみあげた嗚咽で声を詰まらせる。すかさず銀子が、手に持った青竹を静子夫人に手渡す。
 静子夫人は受け取った青竹を軽く振り上げ、美沙江の丸い尻にピシリと当てる。
「うっ」
 痛みに呻く美沙江に夫人は「どうしたの、美沙江さん。挨拶の一つも出来ないのですか。それで華道の家元令嬢を名乗るとは、は、恥ずかしくないですか」と叱咤する。
「申し訳ありません」
 美沙江は涙に喉を詰まらせながら詫びの言葉を吐く。
 舞台上のそんなやりとりを目にした町子は、感心したように頷くと岡田に話しかける。
「これは面白い演出ね。若い美沙江を静子夫人に責めさせるなんて。不細工なやくざやズベ公が責めるよりも、ずっと絵になるわ」
「声がでかいぞ」
 岡田が苦笑する。
「こういった趣向は静子夫人が孕んで実演が出来なくなる、ずっと前からやっていたみたいだ」
「へえ、そうなの」
「ここの奴隷たちは静子夫人となんらかのつながりのある人間ばかりだからな。それを静子夫人自身に責めさせるってことが、夫人にとって何よりも辛いって訳だ。それをあえてやらせているのがあそこにいる千代夫人だ」
 岡田はそう言って、岩崎の妾たちや大塚順子とたむろするように、だらしなく膝を崩して座っている千代の方を顎でしゃくる。
「ふうん、千代って女はよほど静子夫人が憎いのね」
「憎い?」
 岡田は町子の方を見て首を傾げる。
「憎いから酷い目にあわせるんでしょう」
「お前は雪路や雅子が憎いから責めているのか」
「私は別に憎くなんかないわよ。直江はどうだか分からないけど」
「憎くなかったらどうして責めているんだ」
「それはもちろん、お金のためよ。あんただってそうでしょう」
「俺は元々こういった稼業だが、お前はそうじゃないだろう」
「あたしだって同じよ。あたしの元の稼業は知っているでしょう」
「しかしお前は、その稼業からはいつか手を引こうと思っていたんだろう?」
「そりゃそうだけど……」
「お前は商売のためだけにあの姉妹を責めているんじゃないと思うな」
 岡田はそう言うとニヤリと笑う。
「それなら、なんのためだって言うの」
「要するに惚れているんだよ。雪路と雅子にな」
「惚れてる? あたしがあの姉妹に? 冗談言わないでよ。どうしてまた。女が女に惚れるのよ」
「何をとぼけているんだ。お前が以前、直江とレズの関係にあったことくらいとっくに知っているぞ」
 岡田にそう指摘されて、町子は動揺して視線を泳がせる。
「昔のことよ」
「たとえ昔のことだろうが、お前はそういうことが出来るってことだ」
「あんたとこんな風になってからはないわよ」
「そんなことを責めているんじゃない」
 岡田は苦笑する。
「直江から聞いたが、お前は直江との関係ではネコだったが、本来はタチ。それもかなり嗜虐趣味があるタイプだって聞いているぞ。そんなお前ならあの姉妹に嗜虐的な興味を持っても不思議じゃない」
「そう言われてみればそういうところもあるかも知れないけれど――」
 町子は不承不承といった風に頷く。
 舞台の上では、美沙江たちの挨拶が続いている。
「私たち、千原流華道は、華道家としての本分を忘れ、昼夜となく淫らな行為に耽っておりました」
「そればかりでなく」
 珠江が美沙江の後を続ける。
「湖月流華道の芸術性に嫉妬し、こ、これを貶めるための卑劣な工作を行ってまいりました」
 最後に絹代が口を開く。
「そのお詫びに、今までの身分も、生活も捨て、湖月流華道の実験材料として、この肉体を捧げることをお誓いいたします」
「良い覚悟だわ」
 三人の口上を聞いた千代が手を叩きながら哄笑する。
「あの千代って女がいたから静子夫人に対する責めがより過激になった。その結果が夫人の妊娠、それに近い将来行われるはずの出産ショーだ」
「そのことだけど……森田組は本気なの」
「スポンサーの意向には逆らえないだろう」
 岡田は再び苦笑する。
「静子夫人だけじゃないぞ。あそこに並んでいる千原流華道の三人の美女に対する種付け、出産ショーも企画されているそうだ」
「何ですって」
 町子はさすがに驚いて目を見開く。
「部屋の隅に、一升瓶を抱えた男がいるだろう」
 町子が岡田の視線の先を見ると、確かに岡田の言うとおり、ぼさぼさ頭のでっぷり太った中年男が酒瓶を抱え、どんよりと濁った目を舞台に向けている。
「あれは山内って男で、モグリで堕胎手術を繰り返したせいで医師免許を取り上げられているが、腕の方は確かって話だ」
「どうして医者が関係あるの?」
「人工授精させるのさ」
「人工授精ですって?」
 町子は再び驚きの声を上げる。
「ひょっとして……」
 町子が舞台上の静子夫人に目を向けると、岡田は「俺も最初聞いたときは驚いたさ。まさか静子夫人の妊娠が人工授精によるものだったとはな」と頷く。
 そう言えば午前の部で静子夫人が登場した際、お腹のこの父親について「横浜に住む白人としか聞いていない」と話していた。
 町子はてっきり、いわゆる女の危険日に、身元の分からない不良外人と交わらされたとばかり思っていたのだが、それが人工授精によるものだったとは。千代の執念に町子は寒気が走るような思いになる。
「どうしてそこまでして子供を産ませたいのかしら」
「それはさっき言ったじゃないか。千代夫人が静子夫人に惚れているからさ」
 岡田はそう言って、嬉々とした表情で葉子や和枝達とはしゃいでいる千代夫人の方をちらりと見る。
「千代夫人は自分が父親になってような気分でいるんだろうな」
「すると、あの三人も人工授精を……」
「まだ決定じゃないみたいだが、念のため三人とも山内の検査は受けさせられたらしい。最年長の絹代夫人を含め、三人とも妊娠可能だそうだ」

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