2020年4月更新分
物語の開幕~ヒロイン、雪路と玖美子の転落
物語の舞台は北関東のI県Y市。ここは『被虐の鉄火花』の舞台となった県の城下町であるQ市と隣接し、古くから温泉街として栄え、旅館、民宿も数多い。
代表格が創業二百年を越えると言われる紅葉館であり、その名の通り、客室から見える山々の紅葉の絶景が売り物であり、著名な文人や数多く政治家が定宿としたことでも知られる。
若女将の二宮雪路はいまだ二十四の若さだが、病弱な大女将に代わってここ三年ほどは実質的な経営者として手腕をふるい、客足は上々であった。
雪路の妹の玖美子は今年十九歳、地元高等師範学校の女子部に通う傍ら、旅館の仕事を手伝っている。
雪路は下膨れの顔に切れ長の目、整った鼻筋と富士額は女優の高峰秀子を思わせる美女。
また妹の玖美子は姉に負けず劣らずの怜悧な美貌の持ち主である一方、女だてらに空手を習うお転婆娘である。
姉妹の母親であり、紅葉館の大女将でもある珠代もまた若い頃は小町と呼ばれた美女であるが、現在、結核性の肺炎を患い市立病院に入院している。
父親の三郎は同業である隣の市の旅館の三男坊。二宮家に婿養子として入ってからしばらくの間は珠代とともに家業に精を出していたが、玖美子が中学校に上がったあたりから徐々に商売に身が入らなくなったばかりでなく、外の女と関係を持って家を空けることが多くなった。
二人の関係が破綻し、父が家を出たのが二年前、玖美子が師範学校予科の三年生のことである。夫婦生活の行き詰まりと激務による心労のためか珠代が倒れ、それ以来姉の雪路が実質的な女将として、この紅葉館を切り回してきたのだ。
姉の雪路と並ぶ玖美子にとっての憧憬の対象は、「緋桜のお蘭」の通り名で知られた林崎蘭子だったが、ある日玖美子は、蘭子が率いる林崎一家が組を畳み、屋敷が取り壊されて劇場が建設され、その背後にはY市を代表するやくざである徳田組が関わっていることを知る。
得田組と林崎一家は組長同士が兄弟分の杯を交わした仲だが、最近得田組の組員が、林崎とは対立している吉岡組の男達と親しくしていることに玖美子は疑問を抱く。
玖美子は持ち前の好奇心から、今は得田組の三下となっている幼なじみの康太と仙吉を通じて、事情を探ることにする。
自宅を出て駅に向かう途中で玖美子は父親の三郎に出会う。三郎は得田組からの借金を綺麗にしたら、林崎一家の跡地にできる劇場の仕事を紹介してもらえることになっていることを玖美子に告げる。金の無心をする父親に、玖美子は雪路と相談して、三日後に返事をすると約束する。
康太と仙吉にあった玖美子は、林崎一課が吉岡組によって潰され、蘭子とその妹の慶子が女郎に落とされることになったと聞いて驚く。さらに林崎一家の先代の組長、三蔵と兄弟分の契りを交わしていた得田源十郎が裏切り、吉岡組とともに林崎一家の縄張りを分け取りにしたと聞いて憤る。蘭子と慶子が女郎になったことを信じられない玖美子は、仙吉の案内で若葉屋へ向かう。
仙吉とともに若葉屋へと連なる商店街にやってきた玖美子は、そこで信じられない光景を目にする。蘭子と慶子ばかりでなく、女医師の北上葉子、そして女やくざの藤子が裸同然の姿で卑猥な神輿を担がされ、街中を練り歩かされていたのだ。憤激した玖美子はその場にいた吉岡重吉の娘、時子に抗議するが、軽くあしらわれたあげく、三郎が若葉屋の関係者であることを指摘される。羞恥と屈辱に言葉を失う玖美子に、時子は新しくできる劇場で花電車を演じてみないかとからかうのだ。
戦争によって父母を失い、天涯孤独となった節子は遠縁に当たる二宮家に引き取られ、一年前から紅葉館の仲居見習いとして働いている。
明日の食べ物のあてもなく、絶望に打ちひしがれていた自分に救いの手をさしのべてくれて、衣食住を保証してくれた二宮家への恩を返すために節子は、早く一人前の仲居とならなければと懸命に働いている、
一方節子の同僚である愛子と町子は、孤児になってからしばらくかっぱらいや売春まがいのことに手を染めていたせいか世の中を斜に構えてみる傾向があるばかりでなく、雇い主である雪路と玖美子に対して暗い欲望を抱いている。同性愛者である二人は、姉妹をいつか犬猫同然に扱い、自らの嗜虐趣味を満たしたいと考えているのだ。
玖美子は雪路に、林崎一家の屋敷の跡地は女が自らの身体を使って卑猥な芸を見せる「花電車」を売り物とした劇場になり、三郎はその支配人になることを聞かされる。三郎が得田組から二〇〇万円(現在の貨幣価値で二千万円から三千万円)の借金をしていることを知り、当面内入れが必要な十万円を支払うことで三郎と紅葉館の縁を切ることを決断する。
その夜、雪路と玖美子を虐げる淫夢から目を覚ました節子は、愛子と町子が、入浴中の玖美子を覗いている場面に遭遇する。玖美子の裸像を目にした節子はその美しさに衝撃を受ける。節子が玖美子に対して欲情を抱き始めたことを見抜いた愛子と町子は、節子に同性愛の調教を施す。
林崎一家の若頭、田宮の妻であった喜美子は今、吉岡組の四天王の一人といわれる本間の女房となっている。自分が林崎一家に対する忠誠を優先すると、娘の和美が若葉屋の女郎に堕とされることになる時子の忠実な操り人形になることが、和美の安全につながるのだ。喜美子は、そう思い定めて若葉屋の仕事に打ち込んでいる。
ある日時子に呼ばれた喜美子は、紅葉館を女郎屋にする計画を打ち明け、喜美子に運営を任せると告げる。
愛子と町子の調教を受けた節子は、時子が描いた「紅葉館は女郎屋に商売替え。若女将の雪路と妹の玖美子は父親に借金をカタにて得田組に売られ、客寄せのためのの見せ物女郎として再出発することになる」に協力させられることとなる。罪悪感に苛まれながらも、玖美子を嗜虐性の欲望を抑えられない節子は、愛子と町子に甚振られながら絶頂を極める。
その夜、紅葉館を三人の客――本間、喜美子、そして得田源十郎の甥の、松田虎雄が訪れる。三郎の借金のうち十万円の内入れをした雪路と玖美子は、源十郎と書面を交わす。三人が帰ってから節子が淹れたお茶を飲んだ雪路と玖美子は眠りに落ちる。
眠りから覚めた雪路と玖美子は、パンティ一枚の裸で檻の中に閉じ込められていることを知る。喜美子と本間が現れ、借金の残り百九十万円を直ちに支払うことを姉妹に要求する。
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