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4.陥穽(3)

「いちいちうるさいわね。娘さんのことを聞くんじゃないわよ。これはあくまであなたとご主人に関する質問よ」
香織はピシャリと戸を閉ざすような言い方をする。
「ご主人と香奈ちゃんはいつまで一緒にお風呂に入っていたの」
しのぶは香織の意表をつく質問に困惑の表情を浮かべる。
「は……?」
「聞こえなかったの? ご主人と香奈ちゃんはいつまでスッポンポンの姿を見せあっていたのか聞いているのよ」
しのぶは苦しげに眉をしかめる。
甘えん坊でお父さん子の香奈はいまだに達彦と一緒に入浴することがあるのだ。ほのかに胸の膨らんできた香奈がいつまでも父親と一緒にお風呂に入るのは良くないとしのぶも考えており、いつかはやめさせようと思っているのだが、香奈が子供っぽく無邪気に喜ぶ様子を見ていると、ついつい言い出せなくズルズルときている。達彦もこの点についてはまるで無頓着のようなのだ。
しのぶの幸福な生活の中のささやかな悩みであったが、改めて香織に尋ねられるとなぜかひどく背徳的なことをしているような気分になるのだ。
「まさか、まだ一緒に入っているなんてことはないわよね。普通は小学校低学年くらいでやめるものだから」
「……入っておりますわ」
しのぶは蚊の鳴くような声で答えた。
「なんですって!」
香織は大仰に驚く。
「中1にもなってまだ父親と一緒にお風呂に入っているというの。あなたのご主人も裸の娘とお風呂に入ることを喜んでいるのね。呆れたわ」
「喜んでいるなんて……そんな」
「あら、それならなぜ一緒に入っているの」
「それは……香奈が……」
「そう、香奈ちゃんの方が喜んでいるのね。父親に膨らんだおっぱいやおマンコを見せつけて楽しんでいるっていうわけね」
「そんなっ、違いますっ」
しのぶは顔色を変えて否定する。
「どう違うのよ」
香織は嘲笑しながら言う。
「やっぱり淫らな血は争えないものね。中学1年の頃から色気づいていた淫乱の母親譲りって訳ね。ロリコンの父親に露出狂の娘、親子で乳繰り合うなんて、まったくいいコンビじゃない」
「ひどいわっ。なんてことをっ」
しのぶが憤怒に顔を赤く染め、抗議の声を上げた途端、香織はしのぶの頬をぴしゃりと平手打ちする。
「あっ」
痛みよりもいきなり顔を張られた驚きに頬を抑え、呆然と香織を見つめるしのぶ。
「これで分かったわ。すべてはあなたたち家族の異常性のせいだわ」
香織は決めつけるようにいう。
「ロリコンの父親に淫乱の母親、そしてその血を受け継いだ露出狂の娘。まったく、凄まじいほどの変態一家だわ」
「そんな……」
しのぶは悔しげに唇を噛む。
「お願いです……そんなふうに言うのはやめて、やめて下さい」
どうしてこんなことになったのか、しのぶの頬に一筋、二筋と涙がつたう。香織はそんなしのぶの悲痛な表情を楽しげに眺めている。
「だって事実じゃない。そうそう、あなたの家には息子さんもいたわよね。息子はどうなの? 父親譲りのロリコンなの、それとも母親譲りの淫乱なの? あら、男の子でも淫乱っていっていいのかしら」
香織は自分が言ったことがおかしいのか、ケラケラと笑う。
「まあ、それはいずれわかることだわ」
「………」
香織の意味ありげな笑いにしのぶは背筋が寒くなるような思いである。
「本題に戻りましょう。あなたのロリコンのご主人がうちの史織に悪戯したことについてよ」
「悪戯って……」
「していないっていうの?」
「それはさっき香織さんも証拠がないって……」
「気安く名前なんか呼ばないでよ!」
香織がいきなり声を荒げたのでしのぶはびくっと肩をすくめる。
(ああ、達彦さんに帰ってもらうんじゃなかった……)
女の自分で解決出来ると思ったのが間違いの元だわ。香織という女は素人ではない。いわば猛獣である。その猛獣が牙を隠してニュータウンのスナックなどという、いわば平和な草原の中に潜んで獲物が来るのをじっと待っていたのだ。最初、警察沙汰を匂わせてしのぶを精神的に追い込んだのも計算の上でのことだろう。
(どうしたらいいの……どうしたら許してもらえるかしら)
しのぶは必死で頭を働かせようとするが、なぜか身体がぼうっと熱くなり、うまく思考が出来ないのだ。
「そ、それでは……いったいどうすれば」
「そうねえ……」
香織は余裕の笑みを浮かべる。
「逆に聞きたいんだけれど、償いに何をしていただけるの」
「それは……」
しのぶは口ごもる。
「お、お金では……」
「あら、お金で口を塞ぐつもりなの」
「そんな……そんなつもりでは」
「あなたがたの償いというのはお金なの。それでは反省していることにならないわ。同じようなことが起こったらどうするつもりなの」
香織の口から償いという言葉が発せられ、それをしのぶも否定していないのはすでに、達彦が故意で史織に悪戯したということがこの場の既成事実になっている。
「それじゃあ、どうすれば……」
しのぶは思わずすがるような瞳を香織に向ける。香織はしばらく黙ってしのぶを見つめる。重苦しい沈黙にしのぶが耐えられなくなったころ、香織が口を開いた。
「こういうのはどうかしら、ご主人は今後3カ月間当店には出入り禁止」
「えっ」
しのぶは意表をつかれた思いで聞き返す。
「ご主人にはそうやって反省の意を表してもらうわ」
「そ、それでいいのですか」
それで許されるのなら願ってもないことである。こんな事件があったのだ。達彦ももう、3カ月どころか今後一切「かおり」には足を向けることはないだろう。いや、仮にそうしたいといってもしのぶが許さない。これほど心臓が縮むような恐ろしい思いをさせられたのだから。
「勘違いしないで、これで終わりじゃないわよ」
香織は固い声で続ける。
「奥さんにはその代わり3カ月間、うちで働いてもらうわ」

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