「待ってね、今、紅茶を入れるわ」
「はい……有り難うございます」
その日の夕方、小椋里佳子は英語教師、小塚美樹のマンションのダイニングルームに座っていた。
新設の東中は教育熱心な父兄の声に押されて、土曜日に3年生向きに補講を行っていた。名門であるR学園で教鞭を執っていた美樹の行う英語の受験対策は、その中でも評判がよく、当然のことながら里佳子も欠かさず通っていた。
講義が終わり、帰ろうとした里佳子に美樹が声をかけた。宝塚の男役を思わせる中性的な美貌を持つ美樹は、女生徒の間でもかなり人気がある。母親である裕子凛々しさにも共通した美樹の美しさに、里佳子も密かに憧れていたが、なぜか美樹は里佳子に対して常にそっけなかった。
理由が思い当たらない里佳子は寂しい思いをしていたのだが、それだけに突然美樹から「2人きりで話したいことがある」と言われた時は、不審感よりも喜びが先に立った。
ちょうど里佳子も、父親の道夫がここ数日出張と称して家に戻っておらず、そのせいか母親の裕子の様子がおかしいことに心を痛めていた。快活で、自信に満ちていた裕子がここのところふさぎこみ、また電話の音にびくりと脅えたような様子をさえ見せるのだ。
おまけにいつも必ず夕飯を共にしていたのが、ここ数日夕方になると何処かへ出掛け、朝になるまで帰って来なかったりする。
今年大学に通い始めたばかりの姉の貴美子は授業やサークル活動が忙しいのか、なかなか顔を合わせる機会がないため、誰か信頼できる相手に相談したいと思っていたのである。
里佳子を部屋に招き入れた美樹は「シャワーを浴びたいから少し待っていて」というと里佳子の前で鮮やかなコーラルピンクの下着姿になった。目のやり場に困って顔を赤らめる里佳子に妖しい微笑みを投げかけると、美樹は浴室に入った。
15分ほどの後、美樹はややきつめの顔を引き立てるメリハリの効いた化粧に、グラマラスな身体にぴったり張り付くようなタンクトップとパンツ姿で里佳子の待つダイニングルームに現れた。鮮やかに変貌した美樹の姿に里佳子は、同性ながら息苦しいまでのエロチシズムを感じ、再び顔を赤らめるのだ。
そんな里佳子を美樹は、余裕の笑みを浮かべて眺める。里佳子は手際よく紅茶を入れる美樹の後ろ姿を見ながら、狼狽した自分をごまかすように話しかける。
「ちょうど私もご相談したいことがあったんです」
「へえ」
美樹はさりげなく身体をくねらせる。パンツの薄い生地の下ではちきれんばかりの美樹のヒップがくるんと動く。
「どんなこと?」
「わ、私の母のことなんですが」
「お母様? ああ、PTA会長をされている……小椋裕子さんとおっしゃったかしら」
「そうです」
里佳子が顔を上げると、美樹は柔らかな笑みを浮かべて暖かい紅茶をたっぷり注いだカップを差し出す。
「お砂糖は?」
「あ、2杯……いえ、1杯お願いします」
「遠慮しなくていいのよ。私も子供のころは甘い方が好きだったわ」
「子供だなんて……」
里佳子は上目使いで美樹を軽くにらむ。
「あら、ごめんなさい。小椋さんはもう中3だったわね」
美樹はストレートのまま紅茶を一口飲む。
「この前入学したばかりだと思ったのに、早いものね。あの頃はお下げのようなツインテールをしていたわね。髪を切ったのは中2の時だったかしら。随分大人っぽい感じだったけど、今はその方が似合うわ」
「先生は……生徒がいつどんなヘアスタイルをしたいたかまで覚えていらっしゃるんですか」
「まさか……全部なんて覚えてられないわよ」
美樹はクスクスと意味ありげに笑う。
「それより、相談って何?」
「あ、はい」
里佳子は慌てて座り直す。
「あ、先生もお話されたいことがあったんじゃないですか」
「それは後でいいわ。先に小椋さんの話を聞かせてちょうだい」
美樹に促されて里佳子は口を開く。
父親の道夫が今週の木曜以来出張と称して家に帰っていないこと、それだけなら多忙な商社マンにはよくあることだが、母の裕子の様子がそれ以来、いや、正確には水曜の夜以来おかしいこと。
夜遅く出掛けて、翌朝里佳子や貴美子が登校する時間まで帰って来なかった裕子、翌日、気分が悪いといって寝室から出て来なかった裕子、それでいながらその翌日の金曜日の早朝、ジョギングに行くとメモを残したまま再び出掛け、そのまま戻って来なかった裕子。
(ということは私が朝帰りした昨日がジョギングの初日だったのね――これはついているわ)
美樹はそっとほくそ笑む。
「それで昨日は母はずっと家には戻らずじまいで、今朝起きた時もいなくて、とても心配になって……」
里佳子は話すうちに感情が高ぶってきたのか、次第に涙声になる。美樹は日頃勝ち気そうな里佳子の意外な一面を見たような気になる。
(思った通り、泣き顔もすごくそそるわ。この娘)
「落ち着いて、小椋さん。紅茶でも飲みなさい」
「あ、有り難うございます」
一気に喋ったため喉が渇いたのか、里佳子は少しぬるくなった紅茶をゴクゴクと飲み干す。
「おいしいです」
里佳子の家でも紅茶はよい物を使っているが、これほどは美味しくはない。入れ方が違うのだろうか。
「そう、良かったわ。お代わりをいかが?」
「いただきます」
美樹は頷くと再び里佳子に背を向け、葉を換えて紅茶を入れ直す。里佳子は美樹のぴっちりした薄いパンツに当然あるはずのパンティラインがないことに気づく。
(小塚先生……Tバックを履いているのかしら……) 里佳子はそんなことをそんなことをぼんやり考えていたが、ふと我に返り、慌てて意識を元の話題に戻す。
「そんな訳で……」
そこまで話した里佳子はふと口ごもる。一体何を美樹に相談したかったのだろうか。
案の定美樹は怪訝な表情を里佳子に向ける。
「小椋さんのお母様が水曜の夜以来――そう、今日で四日目になるのね――様子がおかしいのは良く分かったけれど、それで、小椋さんはどうしたいというの?」
「どうしたいって……」
里佳子は不思議そうな表情を美樹に向ける。
「母のことが心配なのです。それを誰かに相談したくて。姉は大学が忙しいのか、ここのところゆっくり話す機会がなくて」
「なるほど、良く分かったわ」
美樹は一口紅茶を飲むとそういって頷く。
「私が二人きりで話したいと言ったのも、実はあなたのお母様の件なの」
第53話 美少女陥落(1)

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