第77話 奴隷マネージャー(4)

「う……」
貴美子は苦しげに顔を歪めるが、諦めたように口を開く。
「慶応大学経済学部……1年です」
普段なら軽い誇らしさを持って口にする母校の名前だが、今の貴美子にはその名前を告げるのがたまらなくつらい。自ら母校の伝統に泥を塗っているような思いがあるのだ。
「慶応ですって?」
若い方の女教師が頓狂な声を上げる。
「嘘でしょう。こんな軽そうな女の子が慶応の学生なんて」
「本当ですよ、長岡先生。その証拠をお見せしましょう」
飯島はそういうと貴美子に向き直る。
「学生証を出せ」
「え?」
貴美子は飯島の命令に表情を不安げに曇らせる。
「聞こえなかったのか? 学生証を出して先生たちに回覧してもらうんだ。俺が嘘をついていると思われるのは心外だからな」
貴美子はしょうがなくジーンズのポケットに入れた定期入れの中から写真入りの学生証を取り出し、飯島に手渡す。飯島はそれをまず浜村という名のひょろりとした中年の国語教師に渡す。
「本当だ。確かに慶応の学生じゃないか」
浜村は縁無しの眼鏡をかけ直し、学生証の写真と貴美子の姿を何度も見比べる。学生証は浜村から他の教師に次々に手渡され、最後に長岡と呼ばれた保健担当の女性教師にわたる。
「ふん……本当みたいね。だけど、どうして慶応の女子大生がうちみたいな高校の野球部のマネージャーになりたいなんて思ったの?」
「私だったら頼まれても嫌だけどね」
もう一人の40代と思われる肥満した女教師がそういうと、ゲラゲラと品のない笑い声を上げた。
「私だってそうよ、酒田先生」
「野球部員の練習を見て、そのひたむきな様子に心を打たれたと言っているが、実際のところはどうかな」
飯島はニヤニヤ笑いながら言うと、長岡から貴美子の学生証を受け取り、ポケットにしまった。
「それは100%ないね」
もう60歳近いと思われる年配の男性教師が口を挟んだ。
「あの連中の練習態度を見てひたむきさを感じるなんてことがあったら、よほど感受性がどうかしている」
「ひどいな、島田先生。でもまあ、確かにおっしゃる通りだ」
飯島は苦笑しながら答える。
「それで、本当の理由はマネージャー業務にかこつけて、若い部員たちの身体を漁ろうとしているんじゃないか、とカマをかけたんだが、それについては顔色を変えて否定しているんですわ」
「むきになって否定するところがかえって怪しいんじゃないですか」
小柄な若い男性教師が、好色そうな視線をじっと貴美子に注ぎ込みながら発言した。
「さすがですね、森岡先生。ミステリーマニアだけありますな」
飯島は揶揄するように言うが、森岡と呼ばれた数学教師は感じていない様子で、貴美子の露出的な姿態に夢中になっている。
「そんな色情狂みたいな女を、男子生徒の多い当校で雇って問題ないの? それもこんな裸同然の格好でうろうろされたら、まるで事件を起こしてくれと言っているようなものじゃない」
森岡を始め、男子教師3人が一様に貴美子の姿に視線を釘付けにしているのを見た長岡は、顔をしかめて発言する。
「いや、実はこれには理由があるんです。そもそもこの小椋貴美子という女性には羞恥心というものがほとんど存在していないんですわ」
飯島の言葉に5人の教師たちは、一様にきょとんとした顔付きになる。
「どういうことですか」
「要するに人前で裸になったりすることにほとんど抵抗がないってことです」
「これは生まれつきの性質に加えて、貴美子が育った小椋家という特殊な環境によるところが大きい。小椋家は貴美子の父母と妹の4人家族ですが、大学生の貴美子だけでなく商社マンの父親、大学講師の母親、中学3年の妹全員が、家の中では素っ裸で暮らしているんです」
「はあ?」
島田は信じられないという顔付きになる。
「自然主義を実践しているヌーディスト一家としてAニュータウンでも有名らしいですよ。宅配便配達のアルバイトや新聞の集金人にも、貴美子の母親の裕子が素っ裸で応対したって噂もあります」
「まさか……そんなとんでもない家族が世の中にいるのかね」
飯島の言葉に歴史担当の島田が目を丸くする。
「家族全員、それも年頃の娘までが素っ裸で暮らすなんて、そんな馬鹿なことがあるかしら」
酒田という名の生物担当の肥満した女教師が首を傾げる。
「外国ではそれほど珍しいことではありません。小椋家は父親が商社マンのため外国暮らしが長いせいもあります。その上大学講師の母親があちらで作っていたボーイフレンドがヌーディストで、すっかりその習慣に影響されたようですな」
「まあ、なんて破廉恥な」
長岡はそう言うと冷たい視線を貴美子に送る。
「おまけに父親と母親は性教育の実践だと言って、娘たちの見ている前でベッドインするそうです。いやはや、驚いた家族もあったもんで」
「そんな……」
貴美子はペラペラと出鱈目を喋りまくる飯島を遮ろうと口を開くが、その瞬間飯島は片手で貴美子のジーンズから覗いた尻肉を思い切りひねり上げる。
「つっ!」
感度の鈍い尻とはいえ、体育教師の馬鹿力でひねり上げられる痛みに、貴美子は悲鳴に似た声を上げる。
「しかし大学に入り、回りに男子学生もたくさんいる中で、今のままではいずれとんでもない事件を起こさないとも限らない。さすがにそんな心配に至った貴美子の母親が、高校の野球部のマネージャーをさせることでたくさんの男子生徒の視線に晒せば、多少は羞恥心というものが身につくようになるのではと考えたのです。一種のショック療法ですな」
「なんとなく分かったような分からないような話だけれど……」
長岡がうさん臭そうに飯島を見る。
「だからといって、そんな色情狂の治療に当校がどうして付き合わなければならないのよ」
「長岡先生、色情狂はあんまりです。羞恥心がないだけです」
「大して変わらないわ」
長岡は冷たく言い放つ。
「まあ、いいじゃありませんか。ちょうど用務員の仕事もセイサク爺さんだけじゃこなせなくなっているみたいだし。沈滞気味の野球部もこんな奇麗なマネージャーが加入すればやる気も出るでしょう。野球部が活躍すれば、来年の入試で志願者が増えるかもしれない」
森岡が飯島を擁護するように発言する。

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