貴美子は頭が混乱する。飯島の理屈は無茶苦茶だが、確実に言えるのはマネージャーの話が駄目になると龍によって押さえられている貴美子の恥ずかしい写真が、貴美子の携帯に登録されているアドレスにいっせいに送信されるということである。
そんなことになったら貴美子は社会的には死んだと同じことである。
「わかりました……おっしゃるとおりにします」
貴美子はがっくりと肩を落とす。無意識のうちに両手で乳房を覆おうとする貴美子に、飯島の叱責が飛ぶ。
「オッパイを隠すんじゃない。羞恥心のない女らしく、堂々と丸出しにして、背筋を伸ばして歩くんだ」
「ハイっ」
貴美子は自棄になったように返事をすると背筋を伸ばし、飯島の後に続く。
幸いなことに放課後で人気が少なくなっているせいか、職員室から用務員室までは誰にも会わずにすむ。
「セイサク爺さん、いるかっ」
飯島は用務員室の扉を勢いよく開く。
「おっ」
六畳ほどの用務員室の真ん中に座っている小柄な老人が振り返る。それがセイサク爺さんと呼ばれている用務員、村田清作だろう。
ランニングとズボン姿のセイサク爺さんは、その名に似合わず意外に筋骨隆々としており、顔もテラテラと光って、精力を感じさせる。
「なんだ、飯島先生じゃないか」
清作は手に持っていた雑誌を置く。それはなんとよくコンビニの成人雑誌コーナーで売られているようなエロ本である。
「また生徒から取り上げたエロ本を読んでいたのか」
「取り上げたとは人聞きの悪い。生徒がわざわざ差し入れてくれたのよ」
「70近くになっても高校生が夢中になるようなエロ本を読んでいるとはな。いい加減枯れてきても良いだろうに」
「この道に興味がなくなったら男は終わりだよ」
清作は顔中を皺だらけにしてニヤリと笑う。よく見ると用務員室の隅にうずたかく積まれている雑誌は、同様のヌード写真中心のグラビア誌である。
「ところで飯島先生、今日は何の用で?」
「セイサク爺さんの助手を連れてきてやったのよ。ついでにエロ本もいらなくなるかも知れないぞ」
「へ?」
清作は何のことか分からず首を傾げている。
「入れ、貴美子」
飯島が入り口に向かって声をかけると、羞恥に顔を真っ赤に染めた上半身裸の貴美子が用務員室に入って来る。
清作は呆気に取られた表情で、上半身裸の美女をまじまじと見つめている。
「ど、ど、どういう……」
「どういうことかというと、この小椋貴美子が野球部のマネージャー兼用務員補助として明日から当校に勤務することになる。用務員補助として働く時はセイサク爺さんがこの女の上司だ。ビシビシ仕事を仕込んでやってくれ」
「ど、ど、どうして……」
「ああ、どうして上半身裸かというと、この女は家庭環境のせいで羞恥心というものがほとんど欠落しているんだ。それでは正常な社会生活を営むのは難しいから、こうやって羞恥心を少しずつ身につけさせているんだ」
「し、しかし……」
現に貴美子という娘は清作の前に半裸を晒し、身の置き所もないといった風に羞恥に頬を染め、身体を震わせているではないか。羞恥心が欠落している娘の態度ではない。
「まあ、あまり深く考えるな、セイサク爺さん」
飯島はニヤリと笑って清作の肩を叩く。
「セイサク爺さんもたっぷり楽しめば良い。さすがに外での作業はオッパイ丸出しという訳にはいかんが、この用務員室の中でなら今のように上半身裸、いや、素っ裸で働かせたってかまわないんだ。なんといっても治療という大義名分があるからな」
飯島が清作の耳元に口を寄せて囁くと、清作はうん、うんとしきりに頷くが、その視線は半裸の貴美子の姿態にしっかりと吸い寄せられているのだ。
「それじゃあ、明日からよろしくな。おい、貴美子、おまえからも挨拶するんだ」
「よ、よろしくお願い致します……」
貴美子は震える声でそう言うと頭を下げる。明日から好色そうなこの老人を上司として働かなくてはならないのだ。それは通常のアルバイトである訳がない。貴美子はあまりの運命の暗転に気が遠くなりそうな思いになるのだ。
「最後は野球部員に挨拶だ」
用務員室を出た貴美子に飯島が言い渡す。
「あ、あの……飯島先生」
「何だ?」
「お願いです……部員の皆さんの前ではシャツを着させて下さい」
貴美子は屈辱をこらえ必死で飯島に哀願する。
野球部員といってもA工業高校でも札付きの不良少年の集団である。特に卑劣にも貴美子を夜道で襲った佐藤新也や瀬尾正明らの前に、屈辱的な姿を晒すのは耐え難い。
「そんな根性で野球部のマネージャーが勤めるとでも思っているのかっ!」
飯島の怒声が飛び、貴美子は思わず首をすくめる。
「堂々とオッパイを見せびらかしてやるんだ。もじもじしていたらかえってみっともないぞ」
「ハイ……わかりました、飯島先生」
(ああ……どうしてこんな男に卑屈にならなければならないんだろう)
日頃の勝ち気な自分はどこへ行ってしまったのか。貴美子は龍に女にされて以来、自分の中に一本通っていた芯が、なんとも頼りないものになってしまったように感じているのだ。
おまけに衆人環視の中で上半身裸にされていると、なにか自分がまったく無防備な存在になったように思え、飯島の暴力的な威嚇に対して、情けなくも屈してしまうのであった。
「いいか、部員たちの前に出たらこんなふうに挨拶するんだ」
飯島が何事か貴美子に言い含めると、貴美子は屈辱と衝撃に目を丸くして、飯島を見る。
「そ、そんなこと……あんまりですわ……」
「言えなけりゃ言えないで良いぞ。この話はなかったものとするだけだ」
「ああ……それは……」
貴美子は空を仰いでため息をつく。飯島に従わなければ身の破滅が待っているだけである。貴美子は毒食らわば皿までの思いで、承諾の意思を表した。
挨拶の要領を教えた飯島は貴美子を従えてグラウンドに出る。部員たちは早くも練習を終えて部室前でたむろしていた。部員の一人が飯島と貴美子に気づき、奇声を上げる。
「おい、見ろよっ。オッパイ丸出しでやってきたぞ」
「すげえっ」
「良い身体してるじゃねえか」
部員たちは上半身裸の貴美子を指差し、興奮して騒ぎ立てる。貴美子は狼の中にほうり込まれた羊のように、小刻みに裸身を震わせているのだ。
部員たちの後方で佐藤新也と瀬尾正明が腕を組み、ニヤニヤ笑いながら何か話し合っているのも不気味である。見れば、部員たちの中には新也と正明以外にも夜道で貴美子を襲った不良少年たちの姿が含まれているのだ。
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