第80話 奴隷マネージャー(7)

「静かにしろっ、騒ぐんじゃないっ」
飯島が大声を上げると部員たちの喚声がようやく静まる。しかし、依然として多くの部員たちは貴美子を見ながら口元をいやらしく歪めて、ひそひそと話し合っては時折笑い声を上げているのだ。
「飯島先生、いきなり裸の女を連れてこられたんじゃ騒ぐなって言われても無理ですよ。いったいどういうことですか」
新也がわざとらしく飯島に問いかける。もちろん龍に指示されて貴美子がマネージャーになる話を飯島につないだのは新也と正明なので、事情を知らない訳はないので、これは新也と正明が飯島と示し合わせた芝居である。
「いや、驚かせてすまん。確かに神聖なグラウンドに裸の女は不似合いだ。事情はこの女から直接説明させよう」
飯島はそう言うと催促するように貴美子を見る。情欲に燃えた何十もの視線を乳房に感じながら、貴美子は口を開く。
「え、A工業高校野球部の皆様……お見苦しい姿をお目にかけ、申し訳ございません。わ、私、小椋貴美子と申します。年齢は18歳、け、慶応大学経済学部1年です」
「慶応だって」
「嘘だろう」
貴美子の言葉に部員たちの中からどよめきに似た声が湧き上がる。
「嘘じゃないぞ。その証拠を今から見せてやる」
飯島はポケットにしまっていた学生証を取り出すと、近くにいた部員に手渡し、回覧するように促す。部員たちは学生証の写真のきりりとした貴美子の美貌と、目の前の不安げな表情に多少の落差があるものの、まぎれもなく同じ人物だということを順に確認する。
自分の学生証がまるで戦利品のように、部員の間を回されて行くのを見ながら、貴美子は屈辱に唇を噛む。
しかしこれからそれ以上の屈辱に耐えなければならないのだ。貴美子は自分の神経がこの汚辱にどこまで耐えることが出来るのか、不安になる気持ちを必死で抑え、再び口を開く。
「わ、私、生まれ持った性質と特殊な家庭環境のせいか、人様に比べしゅ、羞恥心というものが著しく欠如した性格に育ってしまいました。つまり、ひ、人前で裸になることもほとんど恥ずかしいと思わないのです」
部員たちは貴美子の突拍子もない言葉に一瞬呆気に取られた表情になるが、すぐにどっと哄笑する。
「このままでは、ま、まともな社会生活を送ることもままならず、同じような性格の母と相談の上、当校の飯島先生にお願いして、野球部のマネージャーにしていただくことになったのです」
「野球部の若い部員の皆様の視線に毎日晒されていれば、自然に羞恥心が身につくだろうとの一種のショック療法でございます。み、皆様にはご迷惑をおかけしますが、なにとぞ貴美子の社会復帰のため、お力添えを賜りたく、よろしくお願い申し上げます」
貴美子は深々と頭を下げる。貴美子の奇妙な挨拶を聞いた部員たちは手を叩きながら歓声をあげる。
「そりゃあ結構な性格だぜ」
「何も直すことはないぜ。そのままでいいじゃないか」
部員たちが口々に揶揄するのを貴美子は死にたくなるような恥辱感と共に聞いている。
(ああ……どうしてこんなことに……)
考えてみれば貴美子の自己紹介は、自分が頭のおかしい露出狂であるといっているようなものである。貴美子に張られたレッテルは、A工業高校の教師たち、セイサク爺さんという用務員、そして野球部員たちの口を通じて徐々に広まるだろう。
それが龍によって恥ずかしい写真を友人・知人の携帯に送信されるのとどれだけ違うのか。それは単に緩慢に破滅を迎えるのか、一気に破滅に向かうのかの差ではないのか。
(なんとか今を……今日を乗り切れば、お母さんがなんとかしてくれる……)
貴美子にとって母の裕子は知性と美貌、そして強さを兼ね備えた理想の女性である。どちらかといえば気の弱い父親よりも貴美子にとっていざという時に頼りになるのは裕子だった。
最近なぜか裕子の様子がおかしいことを貴美子は心配していたのだが、自分自身がとんでもない苦境に陥るとそのことは考える余裕はなくなり、いつもの頼もしい母の姿だけが頭に浮かぶのだ。
「マネージャーと言っても練習中はあまりやることがない。従ってその間は部員見習いとして練習にも参加してもらう」
「部員見習いってのはどういう意味ですか?」
瀬尾正明が手を上げて尋ねる。
「基本的に部員と同じ扱いだが、見習いだから立場は新入部員以下って事だ」
「お前たちにパシリが出来たってことじゃないか」
上級生らしい野球部員が、一年生部員の方をみてどっと笑う。
「部員と同じ扱いってことは、野球部伝統の入部の儀式を受けてもらって良いんですね」
新也がニヤニヤ笑いながら飯島に聞く。新也の発言に他の部員たちはいっせいにざわめき出す。
「そりゃそうだ」
「俺達と同じなら、あれはやってもらわないとな」
部員たちは口々に新也に賛同する。
「そうだな――確かに佐藤の言うことも一理ある」
飯島は腕組みをしながら重々しく言い放つ。
「よし、早速伝統の儀式を受けさせろ。ただし、それがすんだら今日のところは解放だ」
飯島の言葉に部員たちはわっと歓声をあげる。
「な、何をするんですか」
異様な雰囲気に貴美子は不安げに部員たちの顔を見回す。
「A工野球部名物、ケツバットさ」
新也が残酷そうな笑みを浮かべて貴美子に告げる。
「ケツバット……」
「知らないのか? 裸のケツを出させて、バットで思い切りぶん殴るのさ」
貴美子の顔色がさっと変わる。
「それを私にしようというの?」
「野球部に入部するものは全員この儀式を通過してもらう。あんただけ例外、って訳にはいかないな」
「わ、私は女よっ。そんなことっ」
貴美子はブルブルと唇を震わせる。
「ふん、男をぶっ飛ばすほどの強いお姉さんが、ケツをひっぱたかれると聞いたくらいで泣き言をいうなんて、みっともないぜ」
正明が嘲るように貴美子に畳み掛ける。
貴美子はすがるような目で飯島を見る。
「往生際が悪いぜ、お嬢さん。素直にこいつらの儀式を受けるんだ。そうでないといつまでもうちへ帰れないぜ」
貴美子はこのまま駆け出して、家まで逃げ帰りたい衝動に駆られるが、上半身裸で、尻の半分ほどを露出したジーンズのホットパンツ姿でそんなことをすれば、たちまち公然猥褻罪で通報されるだろう。
「早くケツを出しなっ」
「手間を取らせるんじゃねえよっ」

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