第105話.最後の獲物(2)

(留美からだわ……)
親友の留美とは毎日のようにたわいのないメールのやり取りをしている。留美の能天気なメールを見るのはやや気が重かったが、多少でも暗い気持ちを紛らわすことが出来ればと香奈はメールを開く。
「香奈、驚かないで。香奈の兄さんが駅前のコンビニで万引きしたの。私、そのとき偶然店の中にいたのよ」
(なんですって!)
香奈は衝撃的なメールの内容に動転する。
「店の主人が、初犯だから家の人が迎えに来て、お金を払ってくれれば学校や警察には知らせないで引渡すって。誰か家の人にすぐに来てもらって。私も店で待っているから」
(まさか……お兄ちゃんが)
メールを見て驚いた香奈は母の携帯に電話したが、通じなかった。父の達彦に電話しようとした香奈は思いとどまり、留美の携帯に電話する。
「留美? 私」
(香奈……メールを読んでくれた?)
「本当なの? お兄ちゃんが万引きなんて信じられない……」
(私も信じられないわ。でも現場を見てしまったのよ)
「家の人、今誰もいないの。パパにもママにも連絡が取れないの」
(ちょっと待って……)
留美が携帯の通話口を手で押さえ、誰かと話している気配がした。中年の男らしい低い声が聞こえるが内容までは分からない。
(本当は両親がいいみたいだけれど、連絡が取れないのならしょうがないわ。妹の香奈でもいいって。とにかく早く来て)
「わかった。ありがとう」
香奈はそう返事をして電話を切ろうとしたがふと思い止どまって留美にたずねる。
「お兄ちゃんと話が出来ないかしら」
(ちょっと待って……)
再び留美は携帯の通話口を押さえる。今度は若い男がすすり泣くような声が聞こえて来た。
(お兄ちゃん……)
香奈はその泣き声が兄の健一だということに気づいて再び衝撃を受ける。
(ちょっと今は話が出来る状態じゃないみたい……)
「わかったわ。今すぐ迎えに行きます」
そう答えるなり香奈は電話を切り、素早く支度をしてあるだけのお小遣いを用意して家を飛び出した。
(お兄ちゃん……泣いていた……)
万引きが見つかったこと、それを妹の友達に知られたこと、様々な屈辱や後悔、心細さ、そして恥ずかしさといった感情から兄の健一は泣いていたのだろうか。
(お兄ちゃんったら……こんなときに馬鹿なことをして……それに、男のくせにめそめそ泣くなんて)
香奈の方こそ怒りと情けなさで涙が出そうであった。
(お兄ちゃん、今までどこにいたのかしら……ママと一緒じゃなかったの)
駅が近づき、人通りが徐々に多くなる。香奈は動転した気持ちが少し落ち着いてくるのを感じている。
(それにしてもお兄ちゃんが万引きなんて信じられない……留美が言っていることだし、お兄ちゃんの声が聞こえたから嘘じゃないはずだけれど……いったいどうしてそんなことを)
冷静になった香奈の頭に根本的な疑問が湧いてくる。
(いずれにしても会って話をしたら分かることだわ……幸い大事にはならないみたいだし……場合によってはパパやママに内緒にしていてもいいかも)
あれこれ考えるうちに多少心の余裕が生まれたころ、ようやく香奈は駅前の広場に到着した。
目的地である駅前のコンビニは目の前である。コンビニの隣にレンタルビデオ店が入居しており、ともに仕事帰りのサラリーマンや学生で賑わっている。
香奈はコンビニの入っているビルの上方に目をやる。その3階には妖しい紫色の「かおり」という看板が光っていた。
(そういえばここは……)
先週の週末に母のしのぶと小椋先輩のお母さんが、露出的なバニーガール姿でスナック「かおり」のティッシュを配っていた場所だ……母が姿を消したのはその翌日の月曜日である。
(あのとき確か、留美が一緒にいたわ)
香奈は突然背筋がぞくっと粟立つような、恐怖に似た不安を感じる。
(まさか……)
香奈は吸い寄せられるようにコンビニに歩み寄り、ゆっくりとドアを開け店内に入る。無表情な学生バイトがいる店のレジの前には山崎留美と世良史織の姿があった。
(どうして史織が……)
「遅かったわね、香奈」
史織が香奈の方を見て冷たい笑みを浮かべる。留美は香奈のほうをちらりと見たが、さっと顔を背ける。
「留美……」
「兄さんは……健一さんは奥の部屋よ。オーナーの黒田さんが待っているわ」
史織は香奈の言葉を遮るようにそう言い、背中をトンと押す。
「ま、待って……」
「どうしたの? 兄さんを迎えに来たんでしょ? 早くしないと警察を呼ばれてしまうわよ」
「行きましょう、香奈」
香奈は史織と留美に両脇を挟まれるように、店のバックヤードの中へ連れ込まれる。史織が事務室の扉を開け、香奈を押し込むようにする。たたらを踏んで部屋の中に入った香奈は、眼前に展開されている驚くべき光景を見て甲高い悲鳴を上げた。
天井から垂れ下がった縄に素っ裸の健一が猿轡をかまされ、両手を高々と掲げた姿勢で吊り上げられている。両肢を大きく広げられた健一の背後に、若い男がしゃがみこむようにして何やら操作している。
「お兄ちゃんっ!」
愕然とした香奈は史織と留美の手を振りほどいて、健一に駆け寄ろうとする。すると健一の横で椅子に腰掛け、美少年の苦悶を楽しげに眺めていた中年男が立ち上がり、香奈を羽交い締めにする。
「ど、どういうことなのっ」
「お兄ちゃんは今、万引きのお仕置きをされているんや。お仕置きが済んだらお嬢ちゃんに返して上げるから、おとなしく見物してるんや」
「ううっ……」
健一が涙に濡れた瞳を一瞬香奈に向けるが、すぐに眉をしかめて赤く染まった顔を背ける。
「お兄ちゃんに一体何を……」
「何、大したことはしていない。お尻の穴を少し苛めているだけさ」
健一の背後にしゃがみこんでいた若い男が香奈にそう言うと、手に持っていたディルドオを香奈の方に突き出すようにする。
「ひっ……」
男根の形を模した淫らな筒具をいきなり突き付けられた香奈は恐怖と驚愕に思わず息を飲む。筒具の先は何か潤滑油のようなものが塗られているのかテラテラと光っているのがまるで本物のペニスのようで、香奈はおぞましさに目を背ける。

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