第118話 絶望への道程(1)

しのぶは白と黒の窮屈なコルセットを身につけ、下半身はGストリング、そしてコルセットとお揃いのハイヒールのみを身につけた扇情的な姿である。舞台映えがするように濃いめに施された化粧が、いつもの清楚な印象さえ与えるしのぶとは別人のように見える。
「よっ、彩香ちゃん」
「待ってました!」
カウンターに陣取る酔客から声がかかる。今夜はホステスであるしのぶがショーの出演者となり、香織と龍は全体のショーの演出と進行で手が離せないため、沢木がカウンターに入って飲み物のサービスを担当している。
カウンターの客はしのぶが「彩香」という源氏名で「かおり」に勤務し始めたころからの客であり、しのぶが妖しく変貌していく過程をつぶさに見て来ている。いわばしのぶの「追っかけ」とでも言うべき固定客である。
「かおり」にとっては貴重な常連客であったが、反面最近の奴隷の急増によるショーの過激化にはやや警戒心を抱いている。彼らをどうやって店に繋ぎ止めるかも香織の課題であった。
しのぶが手に持った鞭で床を数度打つと、それを合図にしたかのように緊縛された男が龍によってステージに引き出されてくる。
男は全裸で全頭マスクを被せられ、勃起したペニスの根元を革紐で縛られている。さほど大きくない陰茎が紫色に変色して静脈を浮き立たせているのがなんとも酸鼻な印象を与える。
しのぶが男の裸の背をピシッ、ピシッと鞭で打つ。男はマスクの下で猿轡をされているのか、ぐうっ、とくぐもった叫びを上げるだけである。
(あれは……)
裸の奴隷男を目にした裕子は不吉な予感にブルッと身体を震わせる。向かい合いに座らされた貴美子は、不気味なショーから恐ろしげに顔を背けようとするのを、酒田と長岡に髪を掴まれ無理やりに見せつけられている。
しのぶが手にした鞭で男の陰茎を打つ。男は激痛に顔をのけぞらせるが、打たれたペニスは下腹部に触れるほどピンと跳ね上がる。その様子に裕子をいたぶっていた文子と良江は顔を見合わせてケラケラ笑い合う。
「まあ、今のご覧になった? 良江さん。鞭でオチンチンを叩かれて、喜んでいたわよ」
「あれ、マゾ男って言うのでしょう。私、初めて見たわ。プロの男優かしら」
「あんな貧弱な身体でそれはないんじゃない? どこかのSMクラブの客が志願して来たのでしょう」
(まさか……)
恐ろしい想像に身を震わせる裕子をよそに、しのぶは鞭を投げ捨てると、男を抱くようにしてゆっくり床に倒して行く。ペニスの根元に巻かれた革紐を慎重な手つきで解くと、男はふうっという溜め息を猿轡の下で漏らす。
しのぶはGストリングを外し、男の全頭マスクを鼻のところまで上げると、猿轡を外す。しのぶは一瞬裕子の方にちらと目をやると、自由になった口を塞ぐように男の顔の上に腰を落とす。
「あ、ああン……」
しのぶは悩ましい声を上げながら男の顔の上で腰をグラインドさせる。
「フェイス・シッティングってやつだな」
裸の里佳子を抱いたままの桑田がぽつりと呟く。
「あら、桑田先生。珍しい英語をご存じなのね」
「なに、アダルトサイトで覚えたのさ。ほら、小椋、よく見ないか。お前も『かおり』でいずれ演じさせられるかもしれないんだぞ。加藤を相手にな」
「案外あのマゾ男を相手にかもしれないわよ」
美樹は含み笑いをしながらそう言うと、沢木が作ったカクテルを口にする。
「沢木さんったら、証券マンにしておくのが勿体ないほどの腕前ね」
美樹は満足げにそう呟くと、桑田に押さえ付けられるようにしてステージの方向に向けられている里佳子の悲痛な表情を楽しげに眺める。
(ああ……もう嫌……こんなこと)
里佳子は気が狂いそうになるほどの羞恥と恐怖、そして屈辱にガタガタと裸身を震わせている。
美樹の部屋で見せつけられた公園での信じられない母の痴態、数日にわたるおぞましいレズビアンの調教、ボーイフレンドの健一の前で演じさせられた羞恥の極限とも言うべき演技、母ばかりでなく姉の貴美子までが悪鬼たちの罠に落ちていたという衝撃――。
そして今夜はこのニュータウンの住人と思われる多くの客の前で、母と姉とともに淫猥なショーに出演させられ、明日は自らが主役となる処女喪失ショーを演じなければならない。里佳子は次々に襲いかかる恐ろしい運命に翻弄され、その精神はまさに極限状態にあると言えた。
その上、健一の母親であるしのぶが、得体の知れぬ変態男と演じる卑猥なショーを見せつけられる。里佳子はしのぶから実の母の裕子にはない穏やかな優しさを感じていただけに、ステージ上でおぞましいショーを演じているのが外ならぬそのしのぶだということが信じられないのだ。
(ああ……お父さん……)
里佳子は胸の中で、ここのところずっと顔を合わせていない父の道夫の名前を呼ぶ。
(お父さん……どこにいるの……里佳子を助けに来て)
多忙な商社マンの道夫は普段から不在がちで、気丈な裕子が言わば貴美子と里佳子の姉妹の父親がわりも果たしていたといえる。しかし、裕子が悪鬼たちの手に落ち、空手を使うスポーツウーマンの貴美子さえ香織の軍門に下った以上、里佳子を地獄から救い出すことができるのは父親の道夫しかいないのだ。
「あ、ああっ……いいわっ!」
コルセットとハイヒールのみを身につけた扇情的な姿のしのぶが男の顔の上で激しく腰をグラインドさせ、嬌声を上げている。男は夢中になってしのぶの股間に舌を使い、その顔はしのぶの豊かな愛液と自らの唾液でぐしゃぐしゃに汚れている。
しのぶは身体の向きを変えて観客に尻を向け、いわゆるシックスナインの体位をとる。飾り毛を失ったしのぶのピンク色の陰裂から菫色の肛門までが露わになり、里佳子はあまりの卑猥さに顔を背ける。
「お、おおっ!」
しのぶが男のペニスに口吻を注ぎ出したのか、男が情けない声を上げ始める。床がぐるりと180度回転し、しのぶにフェラチオを施されている男の肉棒が露わになったのに里佳子は驚く。
「こりゃあ本格的だな」
片手で里佳子の肩を抱き、片手で膨らみ始めた乳房を揉みほぐしながらも、桑田は目の前の迫力のある実演ショーに目が釘付けになっている。ストリップ小屋並みの回転ステージまで備え付けられていることも感心したが、それよりも驚いたのはしのぶの堂々たる演技である。
羞恥心を捨てて開き直ったようなしのぶの態度に比べると、さまざまなしがらみを捨て切れていない裕子のそれは卑屈なものにさえ見える。清楚で美しいが、控えめでおとなしいしのぶと、闊達で勝ち気、何事にも積極的で知性美に溢れた裕子という対称的な以前の2人を知っている桑田にとっては、香織たちの調教による2人の変身振りが非常に興味深く思えるのだ。
しのぶは男の肉棒から口を離すと長い黒髪を掻き上げ、観客席をぐるりと見回す。挑発的とさえ感じられるしのぶの視線が、裕子のそれと交錯したとたんさっと逸らされた。
(……しのぶさん)
裕子の恐れはほぼ確信に変わる。裕子はちらと向かいに座らされた貴美子を見る。貴美子は相変わらず長岡と酒田に押さえ付けられるようにして、無理やりステージの方へ顔を向けさせられている。場末のストリップまがいのおぞましい実演ショーを見せつけられる貴美子の表情は嫌悪に歪んでいる。

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コメント

  1. DDD より:

    以前のコメント返信ありがとうございます。
    自分の花と蛇の二次創作を読んでみたいを仰って下さりありがとうございます。
    もし作品を送るとしたら、どこに送れば大丈夫でしょうか

    • ShirakawaKyoji より:

      コメントありがとうございます。
      私のメールアドレス(tanbiアットマークkagoya.net=アットマークは「@」に置き換えて下さい)に送って下さい。
      よろしくお願いします。

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