第120話 絶望への道程(3)

「そ、そんな……わ、わかりませんわ……」
ステージ上の男が夫の道夫だということは、裕子にとってすでに確信になっている。裕子はねちっこく尋ねる良江の問いを耳から振り払おうと、なよなよと裸身を悶えさせているのだ。
「わからないってことはないでしょう。どうなの? 裕子ならもっと大きくないと満足できないんじゃないの」
文子にぐいと乳首をひねり上げられて、裕子は悲鳴に似た声を上げる。
「あっ……そ、そんなことありませんわ。お、大きさなんて……」
裕子が思わずそんなことを口走ったので、文子と良江は顔を見合わせて笑い合う。
「あれくらいは小さい方だ、っていうことは認めたのね。お堅い大学講師様もオチンチンの品定めをするようになったとはさばけて来たものだわ」
「うちに来たときには精々うちの人のモノの感想を言ってもらうことにするわ。私は裕子と違って経験が少ないものだから、うちの人のが大きいのか小さいのか、よくわからないのよ」
そんなことを言い合う2人の下品な女にいたぶられながら、裕子はステージ上のしのぶと男がついにクライマックスを迎えようとしているのに気づく。
「ああっ、あなたっ」
しのぶが一声叫んで、裸身をぐっとのけぞらせながら痙攣させると男も「し、しのぶっ!」とほざくように言い、腰部を震わせる。
「あ、ああっ……」
舌足らずの喜悦の声を上げながら男の精をすっかり吸い取ろうとするかのように、しのぶは接合された部分を小刻みに収縮させている。その素人ばなれしたテクニックに男は酔いしれ、「ううっ……」とうめき声を上げるのだ。
「すっかり満足したようね」
香織がボックス席から立ち上がり、ステージに上るとしのぶが持っていた鞭を拾い上げる。
ピシッ!
鞭がしのぶの背中に振り下ろされる。しのぶは「ああっ!」と小さな悲鳴を上げ、上半身を前に倒す。
「この淫売女が! 恥を知りなさいっ!」
「ゆ、許してっ!」
2度、3度、鞭がしのぶの裸の背や尻を打つ。容赦のない打擲に、実演ショーの淫靡な雰囲気に包まれていた観客たちは息を呑む。
「つながったまま、男のマスクを口で剥がすのよ」
しのぶは一瞬辛そうな表情を浮かべるが、すぐに「わかりました……」と頷き、身体をぐっと前に倒す。精を放った男のペニスが抜けそうになるのを、巧みに膣を収縮させてこらえながらしのぶはマスクの端を歯で噛み、ぐっと引き上げる。
全頭マスクが外れ、しのぶが身体を起こし、すっかり露になった男の顔にスポットライトが当たる。2つのボックスから同時に甲高い悲鳴が聞こえる。
「ああっ、そ、そんなっ!」
「どうしてっ! あ、ああっ!」
マスクの下から現れた父、道夫の顔を認めた貴美子、里佳子の姉妹は最悪の予感が現実のものとなったことに気が遠くなるほどの衝撃を受けている。かろうじて「お父さんっ」という言葉を口にしなかったのは、姉妹の気丈なまでの自制が働いたせいだったが、その健気な努力を水の泡とすべく、香織がしのぶに尋ねる。
「しのぶが今、どんな罪を犯したのか、観客の皆様にお教えするのよ」
「ハイ……」
しのぶは従順に頷くと顔を上げ、濡れた瞳で観客席を見渡す。
しのぶはショックで顔をこわばらせている貴美子と里佳子の視線を避け、悲しみのためかじっと俯けている裕子の方を向く。
「しのぶは……親友である小椋裕子さんの夫を寝取りました」
裕子はしのぶの声に弾かれたように顔を上げる。悲しみで濡れた裕子の瞳がしのぶの視線を受け止める。
「何ですって?」
文子と良江が驚きの声を上げ、裕子を見る。裕子の目からは一筋の涙が頬を伝って流れている。
しのぶはしばしためらうような風情を見せていたが、やがて覚悟を決めたような表情になり、再び口を開く。
「ああ……しのぶは……裕子さんから夫の道夫さんを寝取ってしまったんです」
しのぶはため息をつくようにそう言うと、道夫の身体の上でゆっくりと双臀をグラインドさせる。
「ああ……裕子さん……ごめんなさい……しのぶは、道夫さんを、愛してしまったんです」
しのぶは徐々に情感が迫って来たのか、元々は香織に強制された言葉だったのをまるで自分の意志であったかのように気持ちを込めて話し出す。
裕子はしのぶの言葉に身体が引き裂かれるような思いになる。しのぶは自分の意志で話しているのではない――香織たちに強制されているだけなのだ――そう考えようとするのだが、しのぶの下で明らかに悦楽に浸っている道夫の顔をちらと目にした裕子は、たまらない悔恨と嫉妬にかられるのを押さえることが出来ないのだ。
そもそもは私が夫に探偵まがいのことをさせたからこんなことに――私の軽率な判断が夫の社会的立場も崩壊させ、家族もバラバラにしただけでなく、自分を含めて全員を地獄に落としてしまった。
もっと慎重にあたるべきだった。夫は何事にもやり過ぎる傾向のある私を常にブレーキをかけてくれた。それなのに、私はそんな夫の慎重さ、温厚さを侮るところはなかったか――。
「化粧が濃いから分からなかったけど、あの女、どこかで見たことがあると思っていたら、加藤さんの奥さんじゃない?」
「そうだわ。そういえば確かしのぶって名前だったわね」
ステージ上のしのぶの艶技に見入っていた文子と良江が小声で声を交わす。
PTA会長や自治会副会長を務めていた裕子ほど知られてはいないが、しのぶのその清楚な美貌で東中のPTAでは知られている。
文子と良江が東中のPTAにいた頃には、まだしのぶの息子の健一は入学前であったためかぶっていないが、卒業後もPTA内に人脈をもつ2人は、しのぶのことは話には聞いていた。
「驚いたわ……そうすると、裕子だけじゃなくて加藤さんも……」
「そう言えばいつか駅前で小椋さんがバニーガール姿でティッシュを配っていた時に一緒にいた女――あれも加藤さんだわ」
「いったいどうなっているのかしら」
首をかしげる2人をよそに、しのぶは強いられた偽りの告白の言葉を吐き続ける。
「で、でも……しのぶだけじゃないんです……道夫さんも……ずっと裕子とはセックスレスだった……裕子は僕の欲求に応えてくれなかった……人間としては尊敬するが、女としては面白みがない……しのぶの方がずっと良いって言ってくれたんです」
裕子はしのぶの驚くべき告白に愕然と顔を上げる。
どうしてセックスレスのことまで――裕子はそんなことをしのぶに話した覚えはない。すると道夫がしのぶに話したのか。
「道夫さんも……しのぶの……お、オマンコが素晴らしいと……裕子さんのよりも……ずっと……締まりが良いと……自分のものにちょうど良いサイズだと言ってくれたんです」
しのぶはもはや込み上がる性感と被虐感に自分が何を言っているのか分からない。しのぶの珍妙な告白に観客から失笑が湧き起る。

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