第127話 砂の城(1)

「さあ、何をもたもたしているの。入るわよ」
香織にどんと背を押され、裕子はたたらを踏むように玄関に足を踏み入れる。貴美子、里佳子も同様に敦子や美樹に裸身を抱えられるようにしながら家に入る。
「まあ、素敵な家じゃない」
「さすがにセンスが良いわ」
文子、良江、敦子、順子の4人は「お邪魔します」の言葉もなしにずかずかと上がり込み、廊下の置物や壁に掛かったリトグラフを物色する。その後を香織と美樹が苦笑しながら裕子たち三人を引き立ててついていく。
「飲み直そうよ」
「ビールはないの」
敦子と順子はダイニングキッチンに入った敦子と順子は大型の冷蔵庫を見つけると奇声をあげ、いきなり扉を開ける。
「なんだ、缶ビールが1本しか冷えてないじゃない」
「しけてるわねえ」
敦子と順子は失望した声を上げ、裕子の方を見る。
「これじゃあ旦那が帰ってから飲みたいって言った時に困るんじゃないの?」
「しゅ、主人は家ではそれほど飲みませんから……」
敦子の問いに裕子は口ごもりながら答える。
どうしてこんなことまで話さなければならないのか。自分の心と身体にすっかり奴隷根性が染み付いたのだろうか。口惜しく思う裕子だったが、自分だけでなく娘たちの屈辱的な姿をカメラやビデオで撮影され、夫の道夫を人質として押さえられている今、自分ではどうすることも出来ないのだ。
「飲まないんじゃなくて、あんたが飲ませてないだけなんじゃないの?」
香織が口元に残酷な笑みを浮かべながら裕子に尋ねる。
「男には職場で色々なことがあるんだもの。時には飲みたい時だってあるわよ。あんたの旦那は真面目だから、外で発散出来なかったんでしょう。家に帰ったら奇麗な恋女房がいるのに、他所で飲むのはもったいないという気分もある」
「それなのに旦那以上にお堅い女房は『あなた、飲み過ぎは体に悪いわ』なんてもっともらしいことを言って缶ビール一本しか飲ませてくれない。母親に似て器量良しの娘たちも父親を気遣っているようだけれど、言っていることはまるで母親のコピー。一家の大黒柱をねぎらう気持ちなんて毛ほどもない。これで今まで息が詰まらなかったっていうのも大したものね」
香織にそう決めつけられた裕子は反論しようとするがとっさに言葉が出てこない。
かつての裕子ならこのような香織の陳腐な言い分など、完膚無きまでに論破出来るはずだ。それが出来ないのは苛酷な調教でたたき込まれた奴隷根性のせいなのか、それとも荒淫が招いた思考力低下のせいなのか。
「結局あんたは女として駄目なのよ。大事なものが欠けているのよ。わかる?」
香織は笑いながらそう言うと裕子の頭をポン、ポンと叩く。
「駄目な女は姿形が奇麗でも、成績が良くっても、男運に恵まれず、信頼する友人には裏切られ、家族には背かれ、不幸のどん底へと一直線に落ちていくのよ。それが今のあんた。どう、否定出来ないでしょう?」
香織の言葉に他の女達はゲラゲラ笑い出す。裕子はじっと屈辱をかみしめるように口元を引き締め、肩先を震わせながら香織の暴言に耐えている。
「駄目な女に育てられたら娘たちまで駄目な女になってしまうわ。私達が母親と一緒に徹底的に再教育して上げる」
美樹がそう言い放つと「さあ、立つのよ」と母娘を促す。貴美子が軽い抵抗を見せるが、後ろ手に縛られている身ではどうにもならない。裕子、貴美子、里佳子の三人はリビングの中央に素っ裸で立たされる。
「寝室にワインクーラーがあったわ。ビールは冷やしていないのにこういうものはちゃんと用意しているのね」
良江が厚かましくも夫婦の寝室にまで入り込み、ワインを3、4本持ち出してくる。
「冷蔵庫に高そうなチーズもあるわ」
文子が勝手に冷蔵庫を明け、封の切っていない輸入物のチーズやパテを持ち出す。
「それじゃあ、女だけで飲み直しましょう、この三人が酒の肴よ」
香織の声に女達は歓声を上げる。
「里佳子、さっさとグラスを用意しなさい。そういう風に気が利かないところが駄目な娘の証拠よ」
美樹が素っ裸で直立不動の姿勢をとらされている里佳子の尻をパシッと平手打ちする。
「裕子もおつまみを用意するのよ。母親が率先して動かないでどうするの」
文子が美樹の真似をして裕子の尻を叩く。裕子と里佳子は口惜し涙を必死にこらえながら、テーブルにワイングラスや皿を並べ、チーズ、クラッカー、レバーペースト、生ハムなどのつまみをのせていく。
「貴美子はそのまま立っていなさい。あんたの空手は物騒だからね」
怒りと屈辱に表情をこわばらせている貴美子に香織が声をかける。
「この娘はただ立たせておくよりも、もっと面白い使い道があるわよ」
A工業高校の保健担当教師、長岡敦子がニヤリと笑ってダイニングの隅にあったワゴンをテーブルの脇に寄せ、つまみの置かれた皿やワイングラスを移す。
「順子、手伝ってよ」
「わかった」
敦子のレズビアンの相手でもある、同じくA工業高校の生物担当教師、酒田順子が敦子を手伝う。やがてテーブルの上に何もなくなったのを確認した敦子が貴美子に向かって告げる。
「テーブルの上に仰向けになりなさい」
貴美子は一瞬怪訝な表情を浮かべるが、敦子に再び「早くするのよっ」と叱咤され、しかたなくテーブルの上に身を横たえる。
そこで始めて敦子の意図に気づいた文子が「女体盛りね!」と奇声を上げる。
「後ろ手に縛られていてはやりにくいわね」
敦子は首を捻ると裕子に「荷造り用のガムテープはある?」と尋ねる。
「は、はい……」
「持ってきて」
裕子は裸のまま廊下の壁に作り付けになっている収納部からガムテープを取り出してくると、敦子に渡そうとする。
「自分でやるのよ」
「えっ?」
「鈍い女ねえ、ほんとに大学の講師なの?」
順子は口元に侮蔑の交じった笑みを浮かべる。独身で工業高校の生物教師である順子は、敦子とレズビアンの仲だが真性のレズビアンである敦子と違ってバイセクシュアル、いや、むしろ本質的には男の方が好きと言って良い。
しかし、その容貌と肥満した体格のせいで男に相手にされないため、仕方なくレズに走っているというのが本音であり、それだけにモデル並の容貌を有し、大学の国文学講師という職を持ち、尚且つ幸せな家庭を築いている同年代の裕子に対しては激しいコンプレックスを持っている。
「貴美子の縄を解いて、両手両足をガムテープでテーブルの足に固定するのよ」
裕子は一瞬恨めしそうな目を順子に向けるが、抗っても無駄だと思ったのか、裸の晒し者になっている貴美子の背後に回り、後ろ手に縛られた手を解いていく。
「き、貴美ちゃん……ごめんなさい……」
裕子は貴美子の両手両足にガムテープを巻きながら小声で詫びるが、貴美子は冷たい横顔を母親に向けながら冷たい声音で答える。
「いまさらお母さんに謝ってもらっても、どうにもならないわ……」
「貴美ちゃん……」
裕子は胸が突かれる思いがして顔を上げる。

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