第138話 吹きすさぶ淫風(5)

そこまで言うと香織は裕子としのぶに念を押すように付け加える。
「もちろんホストクラブ通いはいっさいやめてもらうわ。お二人とも大きなお子さんもいるのだから、あまりみっともない真似はおよしになった方が良いわ」
身に覚えのない使い込みの罪を着せられ、ホスト狂いの汚名を着せられた裕子としのぶは、口惜しさと屈辱に身体を震わせている。
香織の申し出は渡りに船といったところだが、あまりに話がうますぎるようにも思え、昌子と美智恵は顔を見合わせる。摩耶は依然としてこの展開に明らかに不自然さを感じているようで、くっきりとした眉を顰めている。
「そうやって無理のない返済スケジュールでも小椋さんや加藤さんが返せなくなったら、その時点で皆さんから取り立てをすることにするわ。まあ、皆さんが穴埋めをしても最終的にはお二人から取り立てなければならないのだから、結局は同じことだけれど。少し考えていただければ良いわ」
香織は余裕たっぷりの笑みを浮かべると、大きな手提げ袋からポットと紙コップを取り出す。
「そうそう、今日は暑くなりそうだから、アイスティーを作って来たの。お店でも出しているのだけれど、なかなか評判が良いのよ」
香織は昌子や美智恵、摩耶、奈美といった役員たちに注いで回る。そこで空になったのか、香織は2つ目のポットを取り出し、圭子、春美、文子、良江のコップにに注ぐ。
「どうぞ」
香織は再び婉然と微笑みかける。
あらかじめ配られていたミネラルウォーターのペットボトルも、暑さと緊張のため喉が渇いたせいか、ほとんどが空になっている。
穴埋めのための資金提供を申し出た香織に奨められると昌子と美智恵は断れず、注がれたアイスティーを口にする。
紅茶は良く冷えており、緊張で渇いた喉に心地よい。圭子、春美、文子、良江が美味しそうに飲み干したのにも釣られ、昌子と美智恵は一気に飲み干す。摩耶と奈美もそれに倣ってアイスティーを半分以上空にする。
(うっ……)
急に身体が浮き上がるような感覚にとらわれた奈美は思わず額を押さえる。
(どうしたのかしら……あまり暑いから目眩でもしたのかしら……)
「そういえばこの部屋は暑いわね。冷房の利きが悪いのかしら」
文子がバッグから扇子を取り出して扇ぎながら口を開く。良江が調子を合わせるようにしのぶと裕子の方を見る。
「加藤さん、どう、暑くないの?」
「あ、暑いですわ」
「小椋さんは?」
「暑いです……」
2人がやや固い声で答えると良江は、
「そんなに暑いのなら、上着をお脱ぎになったら?」
と畳み掛けるように言う。
「わかりました……」
しのぶが羽織っていたボレロを脱ぐと、裕子もそれに倣ってスーツの上着を脱ぐ。2人が媚めかしいベアトップ姿になったので昌子たちは驚きに目を見張る。
「まあ、小椋さんったら、自治会の副会長をおやりになっていたころと比べて随分若々しい格好をするようになったのね」
文子はわざとらしく揶揄するように声をかける。
「そう思わない? 池谷さん、長山さん」
「え、ええ……」
「そ、そう思いますわ」
昌子と美智恵は良江に釣られたように答える。
「ところで、私は自治会で小椋さんから副会長職の引き継ぎを受けたのだけれど、自分の考えもお持ちのしっかりした方で、とてもあんな破廉恥な真似をするとは今でも信じられないの。PTA役員の皆さんはどうかしら?」
文子に問われて昌子と美智恵は顔を見合わせる。
「それは、私たちも同じですわ」
昌子が答えると文子は満足げにうなずく。
「岡部さんだったかしら? あなたも腑に落ちにないんでしょう?」
「ええ……小椋さんがあんなことをするなんて、写真を見た今でもとても信じられないわ」
文子の意図が計り兼ねるものの、摩耶は正直な感想を述べる。
奈美はそんな会話を聞きながら、さきほどから自分を襲う高揚感を伴った身体の熱さに悩まされている。確かに冷房の効きは悪いようだが、この暑さは異常である。
奈美はふと裕子としのぶに目を向ける。裕子としのぶは上着を脱いだにもかかわらず、薄いベアトップの生地が肌に張り付くほどべっとりと汗をかいている。奈美は2人の屹立した乳首が生地越しにはっきりと浮かび上がっているのを見て驚く。
(小椋さんと加藤さん、ブラをしていないのかしら)
「小椋さん、みんなが信じられないと言っているわ。どうなの? 中城さんの言ったことは本当のことなの」
「ほ、本当ですわ……」
「本当だとしたら自治会やPTA会費の使い込みだけではすまないわよ。猥褻物陳列罪になりかねないわ」
「えっ?」
文子に決めつけられて裕子は戸惑いの表情を向ける。
「それはそうでしょう、この自治会館の裏で素っ裸になったのでしょう? 男たちに裸を見せただけなの?」
「そ、それは……」
裕子としのぶが演じていたのはオナニーショーなのだが、それは掲示板に張り出されたそれぞれの夫のペニスの写真を見せつけられながらのものである。オナニーショーの詳細を話すことを強いられると当然それに触れることになる。
そうなると夫の社会的地位も何もあったものではない。自分たちはどのように貶められても、夫の名誉は守らなければならないのだ。
「そういえば加藤さんはいつかお酒を飲んだ時、私はバイセクシャルなの、って言っていたわよね」
「えっ? は、はい……」
突然香織に声をかけられ、しのぶはその意図をはかりかねながら返事をする。
「その時に確か、PTAの執行部で一緒だった小椋さんと恋人同士だとも言っていたわ。あれは冗談だとばかり思っていたのだけれど、ひょっとして本当だったの?」
「え……?」
使い込みの汚名を着ることまでは納得していたが、それ以上のことは聞かされていない。突然香織からバイセクシュアルだという決めつけをされたしのぶは驚いて目を見開く。
昌子や美智恵もまた驚きの表情を見せている。執行部メンバーのそんな表情の変化を楽しそうに見ながら香織はさらに言い募る。
「私は今回の件はてっきり特定の男が背後にいるんじゃないのかと思っていたの。だけどそれで納得出来たわ。お互いに恋人同士だから、これ程のことを二人だけで協力し合えてやれたのね」
「は、はい……」
香織が二人「だけ」と強調したのは、認めなければ夫や子供たちも巻き添えにするという意図である。しのぶは声を震わせながら肯定する。

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