第166話 蟻地獄の妻たち(4)

「僕なら歓迎ですね。里佳子や香奈が相手なら人が見ている前だって問題なく戦闘可能ですよ」
成田が端正な顔に笑みを浮かべてビールを飲み干す。
「村松先生はどうですか」
「俺は女には興味がない」
体育教師の村松がむすっとした顔でそう答えたので、成田と美樹が同時に吹き出す。
「村松先生が女の子に興味がないことくらい知っていますよ。今日は女の子だけじゃなく、加藤健一も童貞を散らすそうじゃないですか。加藤の相手としてステージに呼ばれたらどうしますか」
「童貞を散らす相手にされてもどうにもならんだろう。それに加藤の後ろの初物はそこの荏原さんにもう奪われているしな」
村松はそう言うとやや恨めしげな視線をボックス席の端に陣取ってグラスを傾けている誠一に向ける。誠一は無言のまま、その韓流スターを思わせる顔に微かな笑みを浮かべている。
昌子はようやくこれからこの「かおり」で何が行われようとしているかをおぼろげに把握し、チャイナドレスの下の素肌を恐怖に粟立たせる。小椋裕子の娘である里佳子と、加藤しのぶの娘の香奈、そして息子の健一が観客たちの目の前でそれぞれ処女と童貞を失おうとしているのだ。
そのおぞましいショー彼らの通う学校の教師たちが楽しみに待っているばかりでなく、自分たちの生徒達の相手になることすら辞さないと話し合っている。
ここに至って昌子は、裕子やしのぶがPTA会費を使い込んだなどということが真っ赤な偽りであることを確信した。裕子やしのぶはなんらかの罠に嵌められたのだ。
昌子は憤怒と言うよりは恐怖に身体を小刻みに震わせながらも、自治会集会所で自らの身に受けた凌辱行為の刻印や、香織たちによって撮影されたビデオや写真によって雁字搦めに縛られ、反発の声を上げることすらできないでいるのだ。

以前からの「かおり」の常連客である脇坂、朽木、赤沢が陣取るボックスには青いチャイナドレス姿の長山美智恵が、床の上に膝をついて男たちの水割りを順に作っていた。
先程まで同じボックスでビールを飲んでいた黒田と沢木は、香織に呼ばれて店の奥に姿を消している。
すでに相当アルコールが回っている男たちは、遠慮のない声で卑猥な会話を交わしながら笑い合っている。
「しかしこの奥さんも可愛い顔に似合わず相当な好きものだぜ」
悲しげに顔を伏せて男達に水割りを作っている美智恵の横顔を眺めながら、脇坂が嘲るように言う。
「俺におカマを掘られながらヒイヒイ泣いている姿なんぞ、いいところの奥様としてはちょっとはしたなさ過ぎるじゃないか、ええ」
脇坂の卑猥な言葉に男達がいっせいにゲラゲラ笑い出す。美智恵は羞恥と屈辱に顔を赤く染めながら、男達の嘲弄にじっと耐えているのだ。
「要っていったな」
「えっ……」
脇坂の声に美智恵ははっとした表情を見せる。
「奥さんの旦那の弟の名前だよ。しかも奥さんの不倫相手でもあるんだろう」
「ああ……」
なんであんなことを口にしたのだろう。沢木に背後から貫かれ、春美と圭子に花芯を責められているうちに訳が分からなくなり、要さんと関係があることを口にしてしまった。
沢木に続いて脇坂にアヌスを貫かれた時は、もはや自分が何をしゃべったのか覚えていない。
互いに絶対に知られてはならず、それこそ墓の中にまで持って行かなければならない秘密を、もっとも知られてはならない人間に知られてしまったのだ。
「そりゃあ本当か?」
脇坂の呑み友達の不動産屋、痴漢の常習犯の赤沢がさすがに驚く。
「ああ、奥さんが自分からしゃべったんだから間違いない。こんなことで嘘は言わないだろう」
「人は見かけによらないって言うが、本当だな」
40過ぎになるのに独身で、もっぱらネットのポルノ映像やアダルトビデオで性欲を発散させてきた朽木が黒縁の眼鏡の奥の目を細めて美智恵を見つめる。
「何年くらいになるんだ」
「えっ……」
脇坂の問いに美智恵は脅えたような顔付きになる。
「義理の弟との不倫関係は何年になるのかと聞いているんだ」
「5……5年です」
美智恵が震える声で答えると男たちはわざとらしく驚いたような表情になる。
「5年も続いているのか。よく亭主に気づかれないな」
「よほど鈍感なんだろう」
「その寝取られ男の顔を一度見てみたいもんだ」
男たちが嘲り笑う声を美智恵は肩を震わせながら聞いている。
「お、夫のことを酷く言うのはやめてください」
美智恵が思わず反撥的な声を上げると、脇坂たちは一瞬笑い声を止め、美智恵の方を見る。
美智恵が30を過ぎた頃からシステムエンジニアである夫の峰夫の仕事が急に忙しくなり、帰宅は深夜や午前に至ることもしばしばとなった。
いわゆる「2000年問題」に伴うSI業界の一種のバブルのためだったのだが、疲労のため休日も死んだように眠り続ける夫に、美智恵と夫婦生活を楽しむ余裕はなかった。
しかしその時の峰夫の激務により収入が急増したことで、このAニュータウンで一戸建てを手に入れることが出来たのだともいえる。
峰夫の仕事が落ち着いてきても、夫婦生活は以前のように復活することはなかった。そして美智恵が空閨の寂しさに耐え兼ねて、こともあろうに峰夫の弟である要と情を交わしたのである。
美智恵と同い年の要は以前から話も合い、また要が姪にあたる美智恵の娘、瞳をそれこそ赤ん坊のころからよく可愛がっていたこともあり、義理の姉弟以上に親しい間柄だった。しかしまさか自分がその要と肉の繋がりを持つようになるとは、今でも美智恵は自分自身が信じられなくなるのだ。
要と背徳の関係になってからも、いや。それによって肉体的な乾きが癒されるようになってからかえって美智恵は、峰夫に対して優しい気持ちを持てるようになり、最近は滞りがちだったセックスも復活の気配が見えてきたほどである。
美智恵は夫に対して以前のような男と女としての愛情は持てそうにないが、夫のことを人間的に尊敬し、愛しているのは確かだった。従って自らの過ちが原因だとはいえ、いや、かえってそれだからこそ脇坂たちから悪し様に罵られるのが耐えられなかった。
「亭主を馬鹿にしているのは奥さんの方じゃないのかい」
脇坂は冷酷そうな視線を美智恵に注ぐ。
「家族のために必死で働いている亭主に隠れて、こともあろうにその弟と腰を振り合っているのは奥さんだろ、と言っているんだ」
脇坂が低い声でそう続けると、美智恵はあたかも蛇に睨まれた蛙のように震え出す。
「そ、そんなこと……あなたたちに関係ありません」
「偉そうなことを言うじゃないか」
脇坂がニヤリと口元を歪める。
「関係があるかないかは俺達が決める。こいつを見てみるんだ」

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