第167話 蟻地獄の妻たち(5)

脇坂は足元に置いた鞄の中から書類を取り出す。A4サイズの数枚の紙を綴じ合わせたその書類の表紙に「長山瞳 調査記録」と記されてあるのを見た美智恵はあっと声を上げる。
「こ、これは……」
呆然としている美智恵の前で脇坂はその調査記録を開いていく。一枚目には美智恵の一人娘、瞳の体育祭の時のスナップ写真、白い半袖の上衣に紺色のショートパンツ姿の瞳が、カメラの方を向いて恥ずかしげに笑っている姿が貼り付けられている。ポニーテールにまとめた艶やかな黒髪と、ショートパンツから伸びるしなやかな両肢が新鮮な魅力を放っている。
脇坂は調査記録をめくり続ける。そこには詳細な瞳のプロフィールが記されている。身長、体重、胸囲、視力、各科目の成績、出席状況、交友関係、そして放課後の行動、そして初潮の時期まで――母親の美智恵でさえ正確には把握していない事柄が、さまざまな場面での瞳の写真とともに綴られていたのだ。
「どうして……どうやってこんなものを……」
美智恵が唇を震わせると、脇坂、朽木、そして赤沢の三人は声を揃えて、さも楽しげに笑い合う。
「どうやってって、学校から手に入れたに決まっているじゃないか」
「こんなもの、学校以外のどこにあるっていうんだ」
「個人情報保護法にはすっかり違反しているがな」
「学校からですって……」
美智恵が驚愕に目を見開く。
「あそこのボックスを見な」
美智恵は脇坂が指さすボックスに目を向ける。店の奥で、美智恵がいるボックスとは反対になっていたため分からなかったが、そこには国語担当で学年主任の桑田、英語の小塚美樹、体育の村松、理科の成田、社会の羽田といった東中の教師たちが陣取っていた。
そればかりではない。PTA副会長の池谷昌子が桑田の膝の上に乗せ上げられ、豊満な乳房を揉みしだかれながら接吻を強制されているのだ。昌子の緑色のチャイナドレスは大きく捲り上げられ、裸の尻が丸出しになっている。
「東中には俺達の仲間が――正確にはここの『かおり』のママを中心としたグループというべきだろうが――着々と増えているのさ」
脇坂の言葉に美智恵は震え上がる。まるで自分自身が蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のように雁字搦めになって、悪鬼たちの餌食になるのをひたすら待っているような思いになったのだ。
「可愛い娘がしのぶの娘の香奈や、裕子の娘の里佳子のようになってもいいっていうのか」
「い、嫌です……」
美智恵はあわてて首を振る。
「そうか、それなら素直に俺達にサービスするんだ。あそこでハッスルしている副会長をよーくみならってな」
脇坂はそう言いながら美智恵のチャイナドレスの前のホックを外して行く。形の良い美智恵の乳房がすっかりあらわになる。美智恵は脇坂にゆっくりと乳房を揉みしだかれながら、次第に呼吸を荒くしていくのだ。

赤いチャイナドレスを着た山崎奈美はPTA役員の同僚である中条圭子、福山春美、そして自治会役員の佐藤文子、瀬尾良江の女ばかりのボックスで、酌をさせられていた。
「黙ってお酒を注いでいるだけじゃつまらないわ」
「山崎さんったら、それでも仕事としてやっているつもりなの」
「そんな態度じゃ日当は払えないわよ」
「借金もいつまでも返せないし、利子がたまる一方だけれど、それでもいいの」
奈美は気弱に俯きながらそんな女達の罵声を聞いている。無言のまま屈辱に肩を震わせている奈美に、圭子が唇の端に笑みを浮かべながら声をかける。
「そんな風に黙っていられたんじゃあ盛り上がらないわ。私達は女だからホステスに身体でサービスさせてもつまらないし、何か面白い話でもしてみてよ」
「面白い……話ですか?」
奈美が脅えたような顔を上げる。
「そうね、山本先生の話でもしてみてくれない?」
「えっ……」
奈美の顔がさっと青ざめる。
「どうして……そのことを」
「あら、やっぱり何かあるのね」
圭子はさも楽しげに笑うと、春美や文子、良江と顔を見合わせる。
「香織さんと黒田さんから、面白そうだからつついてみたらと言われたのよ。山本先生って誰なの? 山崎さんとどういう関係なの?」
「それは……」
奈美は口ごもる。
「隠すとためにならないわよ」
圭子にすごまれて、奈美は仕方なく話し出す。
「高校のころの、水泳部の顧問の先生です」
「あら、山崎さん、水泳をしていたの?」
春美が口を挟む。
「はい」
「人は見かけによらないわね」
「私はそうじゃないかなと思っていたわよ」
「そうなの、瀬尾さん?」
「裸を見た時、背中に結構筋肉がついていたわ。あれは水泳選手特有のものよ」
「そうだったかしら」
春美は首をひねる。
「それに有美ちゃんが確か東中ソフトボール部のエースだったわね。母親が水泳選手でもおかしくはないわ」
圭子がうなずく。
「それで、その山本先生に、どうしてお尻を叩かれていたの?」
圭子の言葉に奈美の顔からますます血の気が引く。
「自治会の集会室で山崎さんが、脇坂さんにお尻をスパンキングされながらお釜を掘られている時に、自分で言っていたことよ。山本先生、もうお尻叩きはゆるして、もう言い付けには逆らいません、ってね」
「私……そ、そんなことを……」
奈美は思わず顔が引きつるのを感じる。
「最後には『山本先生、奈美、いっちゃいますっ』って叫んでいたそうね」
「へえ」
文子と良江が目を輝かせながら身体を乗り出す。
「それはただ事じゃないわね。高校生の癖にその山本って教師とセックスをしていたの?」
「それだけじゃないわ。お尻叩きは許して、ってまるでSMプレイじゃない」
文子と良江が口々にそんなことを言いながら奈美の肩を揺さぶったり、髪を引っ張ったりする。
「そんな話をご主人は知っているの? 娘さんがお母さんの淫らな過去を知ったらどう思うかしら」
「ち、違いますっ」
奈美はあわてて首を振る。

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